返ってきた  - ECHO -
読者の皆さんからのおたよりを紹介しています。

 返ってきたエコー 2010~2013年 掲載分はこちらへ
 返ってきたエコー 2007~2009年 掲載分はこちらへ
 返ってきたエコー 2004~2006年 掲載分はこちらへ
 返ってきたエコー 2000~2003年 掲載分はこちらへ



2017年7月7日更新

私のふるさと 兵庫・豊岡市

 「赤石の者だぞ」 
                                                         田中嘉津明

 私のふるさとは昔、但馬と呼ばれていた兵庫県の日本海側にある豊岡市です。秦野市に住んでいる現在でも、テレビ
の天気予報を見ると、いつも兵庫県北部が気になり、無意識に見ています。この地方は昔から、雨が多く、年間の日照
時間が少ないことで知られています。地元では「弁当忘れても、傘忘れるな」とよく聞かされたものです。
 子供の頃の思い出は雨にまつわるものが多いような気がします。昭和16年生まれの私は、2㌔離れた小学校迄通った
のですが、当時は終戦直後で、靴など無く、藁草履で通学するのですが、道路は舗装がされていないので、穴ぼこだらけ。
雨の日などは、背中まで泥を跳ねあげてしまうので、素足で歩いて通いました。学校の下足箱の前には、浅い足洗い場
があったのを覚えています。
 子供の頃の思い出は、広場で行われる「盆踊り」が二重、三重の踊りの輪ができるほどの盛大なもので、集落独特の「べ
ろべろ節」で踊りました。今でも瞼に焼き付いています。秋祭りの「だんじり」も印象に残っています。狭い石段を担いで登り、
玄関前で、ひとしきり騒いでから又次の家に向かいました。18歳で郷里を離れた私には「だんじり」を担いだ思い出が無い
のが残念です。
 小学生の頃に、毎年夏になると当番の家に集落の男の子が泊り込みます。夜になると、上級生が取り仕切って、「きもだ
めし」などがあり、村外れの墓地まで行って、そこに置かれた物を持って帰ってくるというものでしたが、私は怖くて、途中で
親戚の家に逃げ込んでしまい、笑いものになった記憶があります。寝る前にその家の御主人が、子供たちを集めて、村に
伝わる、「昔話」や「怪談」などをしてくれました。今でも思い出すのは「カッパの恩返し」です。赤石集落の下手の玄武洞の
前の入り江で子供達が泳ぐのですが、「昔、村の万太郎爺さんが入り江のそばの畑で草取りをしていると、なでぼん(カッ
パの頭)のかわいい子供が出てきて、水遊びをしようとしきりに誘ったのですが、爺さんはカッパの化けた者だと悟っていた
ので、畑のそばのカズラを引いてきていきなりくくり上げました。おまえはこの川で大勢の子供を引きこんで殺したうえ、俺
までだまそうとした。殺してやる。というと、カッパはわしが悪かった、どうかか赦してくれ。許してくれたら今後水浴びをする
時に「赤石の者だぞ」といってくれたら、決してその者に手出しはしない、お礼に毎日魚を取って家に届けてやるといったそ
うです。子供の頃、夏に水に入る時には「赤石の者だぞ」と叫んで入った記憶があります。




2017年6月7日更新

                            
                                     及川 扇翠 

  「明るく日々邁進される先生にプレゼントしたいと、及川扇翠先生にお願しましたら、喜んで書いてくださいました。 及川先生
は5月21日NewYork Queens美術館でパホーマンスをなさいます。お琴の演奏と書の大字揮毫を実演されます」と菅原澄子さんか
ら頂いた書画です。
 この5月で創刊33周年を迎えた『ECHO』にまたとない励ましをいただきました。感激です。菅原さん、及川先生、本当にありがと
うございました。


わたしのふるさと 
 
校歌でなぞるふるさと・気仙沼

                                                                渡辺 知子

  私の実家は気仙沼湾の一番奥に河口を持つ鹿折(シシオリ)川の上流、上鹿折という地区にあります。
 二年前の平成27年三月、私の母校である気仙沼市立白山(ハクサン)小学校が鹿折小学校と統合される、と弟が知らせてきま
した。それで私は閉校式に参加し、懐かしい体育館で校歌をしっかり歌ってきました。歌詞もメロディもちゃんと憶えていました。
一 高判形(タカハンギョウ)の峰は わたくしたちと歌う 谷を渡る朝風 遠くひびく山びこ いつも明るくのびのびと
  みんなすなおにすくすくと 白山小学校よ 百合の咲く道よ 
二 太平洋の雲は わたくしたちを招く  窓に光る青空 人に尽くすまごころ
  (以下略)
三 鹿折川の水に わたくしたちは育つ  金の脈よ輝け 源氏滝(ゲンジタキ)よあふれよ 
  (以下略)
 リアス式海岸の地です。山も海も川も歌詞に出てくるのです。
 一番   山のこと
 春は山菜や竹の子。秋にはキノコ、マツタケも何度か。白山地区は山間の集落なので山の恵みをいただきました。白山小学校
ではキノコ狩りという行事がありました。学校の近くの山でアミタケを採り、その場で調理して食べるのです。みんなで食べるキノコ
鍋は最高に美味しかったのです。その山は教室の薪ストーブのための学校林でした。
 薪と言えば我が家にもカマド小屋があり、ご飯はカマドで炊いていました。焚きつけ用の杉の葉や小枝を山から拾ってくるのは子
どもの仕事でした。小屋では父が七輪で魚を焼いたりしました。母は山の方、父は海の方の出なので、魚を焼くのは父が上手だっ
たからです。
 二番  海のこと
 春の連休にはよく潮干狩りに出かけました。砂浜ではアサリ、岩場ではツブ貝やカラス貝も取れました。夏は海水浴、JRで南下し
て大谷海岸か、北上して陸前高田の高田松原へ。大谷海岸は駅のまん前だし、高田松原も駅からすぐです。泳いでいる私の傍ら
にイワシの子(メダカより小さい)が群れていることもありました。一緒に波乗りをしていると、サッとどこかに消えてしまうのです。そし
て、気がつくともっと大きな群れになって私の横に現われる、海はほんとうに楽しいところです。
 気仙沼は水産業のまちですから、我が家の冷蔵庫にはいつも魚介類が入っていました。海の幸に恵まれた生活でした。でも、子
供のころ、牛肉の代わりにメカジキがはいっているカレーライスに出会うと、がっかりしたのでした。
 三番  川のこと
 鹿折川の上流には金山跡があります。平泉の中尊寺金色堂にはここの砂金が使われたといわれています。明治時代、含有率
83%という2㎏の鉱石が採掘されました。セントルイス万国博覧会に出展されたその鉱石は「モンスターゴールド」と賞賛されたそう
です。昭和46年に閉山しましたが、今もバスの終点・始発駅名は「鹿折金山」となっています。金山の裾野には「源氏の沢」が流れ、
三段滝「源氏の滝」があります。母に連れられその滝に行き、岩に残る義経の愛馬「太夫黒(タユウグロ)」の蹄の跡を見ました。こ
の辺りは岩魚やヤマメがいるので弟はよく釣りに行きました。私は父とカジカや沢ガニを捕りました。
 この川に送り盆の朝、盆舟を流しました。長さ四、五十㌢ほどの舟に、仏様に供えた小塔婆、花、供物などが乗せられます。家族
みんなで舟が海まで届くように、と手を合わせ送りました。
 山と海と川 美しく豊かな自然。これが私の故郷・気仙沼です。


 鶴の舞い橋
 桜が満開です。うす紅色は春の女神の微笑みの色でしょうか。
 336号の「鶴の舞い橋」の記事、大変興味深く読ませていただきました。ネットで見ましたが、本当に鶴の舞う姿のような美しい橋で
すね。いつか行ってみたいです。そして企画課の方のお名前、とても偶然とは思えない、何か不思議な結びつきがあるように感じま
した。  恵美子

 トラクターデビュー
 農作業が始まり、私はこの春トラクターデビューしました。畑を耕耘機より深く掘り返したいのでチャレンジをしたのです。でも運転
席に座るたびにビビっています。切り替えの操作がいっぱいあってよくわからないのです。緊張しっぱなし。車庫入れが終わるとフラ
フラになります。上手に運転できるように頑張っています。  知子

 道祖神の研究がさらにに深まりますように
 お彼岸のお墓参りで偶然お会いしたとき、お元気そうで安心しました。「エコー」の発行、体調など留意なされ末永くお続けください。
定退後の私は動物病院で働いています。大好きな動物に関われる仕事に就けてしあわせです。先生の道祖神の研究も更に深まる
ことを願っています。  説子
            
 講演を参考に がんばります 
 先日の広報技術講習会で先生の元気なお顔を見ることができ安心しました。二時間立ちっぱなしでのお話、すごいです。今年一番
下の子が中三になり、もうPTAは来ないだろうと思っていたら、来たのです! 一学期担当班なので講演会で聞いたことを参考に、が
んばります。  すみ江            

 新聞教育の基本を学ぶ
 337号、そしてホームページ更新、ありがとうございます。東中学校の新聞講習会の内容、素晴らしいですね。新聞教育の基本を学
ばせていただきました。  澄子     

 ありました! 道祖神が
 『道祖神ワンダーワールド』を読み、近くの道祖神を探しました。ありました、17ページの44が。ハイカーは足を止めませんが、私は通
るたびに手を合わせて拝みます。この道祖神の前を通ると必ずお祈りしていたという祖母の思い出が長男にはあるそうです。  幾子


2017年5月7日更新 


五月の庭

  「エコー」の読者の新参者てず
 先日は「道祖神ワンダーワールドNO2・神奈川の道祖神」に参加させていただき、ありがとうございました。私が見て歩いた愛川町
の道祖神も紹介され、嬉しかったです。他所にはさまざまな形のステキな道祖神さんがいらっしゃること知り、羨ましくも思いました。 
 家の近くのほんとうに素朴な道祖神さんは、私のひいおじいちゃんたちが建てたと聞いています。この地域の人の願いや想いがこ
められているこの道祖神、大切にしたいと思いました。
 「エコー」の読者の新参者の私は、235号の「マキシマくーん がんばって〜」の記事で二宮の道祖神と一緒に駅伝を応援する勝美
先生と厚子先生の姿を思い浮かべることができました。内藤美彦先生の「『エコー』よ響きわたれ」に、とても感激し、共感いたしまし
た。内藤先生のお人柄、そして武先生の内藤先生への思いが心にしみ入りました。
 236号でマキシマくんと内藤先生の奥様からのお手紙に接することができ、胸がいっぱいになりました。
広報委員さんのおたよりもたくさん! 30年ほど前(昭和63年度)の広報づくりを懐かしく思い出したのでした。それで保存してある当時
の広報紙を取り出して眺めました。アドバイスや忠告など全くない中での広報づくり、分かりやすい、親しみの持てる紙面づくりを心が
けがんばったことは確かです。お陰で当時の広報の仲間とは幼馴染のように仲良くお付き合いしています。その広報紙をお送りしま
す読んでいただき感想などお聞かせください。(再度広報委員になったときに参考にしたい?)
 新車のこと、いろいろな装置がついているとか。お気をつけて運転なさってください。私も免許をとって50年です。買い替えたいです。 
                                                                     小関香代子



神奈川県愛川町

2017年4月7日更新 

 全国コンクールの入賞は活動のご褒美 
              
 学校から広報委員決定の手紙をいただいたときには、落胆しました。前年に小学校の広報副委員長の任務を終えたばかりだった
のです。でも、子供が中学生になってから、参観、懇談会と欠席することが多くなり、学校生活をほとんど知らない!と思ったのです。
今しかない中学生活を覗いて、もっと子どもと会話したいと思いました。そんな気持ちになり委員長に立候補しました。前年度やった
ことを活かそうと思ったのです。 3月から広報活動が始まりました。他の委員の方も積極的に協力してくださり、案も興味があるもの
が沢山ありました。有難い事に、パソコンに長けている方が居られ非常に助けられました。
 東中の広報誌『ぎんなん』には長い歴史があります。昭和44年12月に『PTA会報』という形で発行され、2号からはガリ版印刷で『PT
A広報』に、平成17年に現在の『ぎんなん』へとタイトルが変わりました。古い広報紙を見てみると、現校長先生が教員だった頃の写真
などあり、内容も引き込まれるものばかりでした。私もこんな広報誌が作りたいと思いました。
 年度第1号の1面に入学式ではなく、食の写真を載せたのも、新入生の保護者の方に愛情たっぷりのお弁当を嬉しそうに食べている
姿を見せたい。という思いからでした。アンケートも保護者と生徒に同じテーマで協力をお願いしました。そうする事で、保護者の皆さん
が結果はどうだったかしら?と気にして貰えるのではないか、親子の会話に役立てればと思ったからです。
 私が広報活動をするに当たり意欲を掻き立ててくれたのは、広報クリニックや研修会でした。他校の広報委員の方が工夫されている
ところ、ピンポイントで指摘を下さる武先生の指導が非常に参考になりました。
 今回、毎日新聞社のPTA新聞コンクールで『優秀賞 全国新聞教育研究協議会賞』をいただきました。私たち広報委員はご褒美だと
喜びました。それと共に一年間の活動が意味があるものだったと確信しました。   長谷川こずえ
  

 和で育った「わかたけ」       
 一年間を振り返り、自分なりのこだわりを考えてみましたがなかなか思い浮かばず、ただ一つ思いついたのは「和」でした。これは武先
生にも大丈夫とおっしゃっていただいていた言葉でした。一人ひとりができることを精一杯頑張り、協力してくれたので私は活動を円滑に
進められるよう気を配るだけで、みんなとの「和」がなければ今年度の「わかたけ」はできなかったと思います。
 紙面を作成するにあたり意識したことは、「広報紙はPTA活動を知ってもらう大事な役割がある」ということです。活動内容が読みやすく、
わかりやすいレイアウトになるよう気をつけました。
 反省点や試行錯誤点などは配布作業時にみんなで共有し、次号を作成する時にいかせるようにしました。心強いことに経験者が2名と
本部役員の広報付きの方も経験者で紙面の作り方やレイアウトの仕方などたくさん教えていただきました。一年間楽しく活動できて本当に
よかったです。これからも「和」を大切にしていきたいと思います。  苅籠 倫子


 無理なく楽しく委員活動
 広報委員長になつたきっかけは、知り合いの本部役員の方から誘いを受けたことでした。私は子どもの頃から人前で発表することや、文
章を書いたりすることが大の苦手だったので、広報紙を作るということ、しかも「委員長」としてなどはとても出来そうになく、不安でいっぱい
でした。しかしこれも貴重な経験になると考え引き受けることにしました。
 そんな中で始まった委員活動。5月に行われた「広報技術講習会」で、武先生が実際の記事を取り上げて、記事に込められた思いや、そ
こから読み解けることなど、広報紙作りのノウハウを詳しく話してくださりました。そこで広報紙作りが少し分かったような気がして、不安だら
けの気持ちから、どんな広報紙を作ろうかと期待が膨らむようになっていきました。
 委員会の活動や学校行事を取材していく中で、PTA活動は子ども達が学校生活を安心して健やかに過ごせるために大きな役割を果たし
ていることに改めて気づかされました。そのことをもつと紙面で伝えたいという気持ちから、PTA最大行事であるバザーの特集記事を組み、
最終号では、委員会の活動内容紹介をトップ記事にしました。
 また、学校へ行く機会が増え、普段の子ども達の学校での様子を見ることができました。先生とのやりとりで見せる真剣な表情や、家では
見たことがない顔で話す友達との会話の様子。それらを紙面に載せたいとの思いでカメラを構えるのですが、自然な表情を捉えるのは思っ
たよりも難しく、たくさん撮っても使えるのは数枚程度。カメラマンさんの凄さを知りました。
 毎号載せる記事についてアイディアを出し合ったり、レイアウトを考える作業は大変でした。委員の中には働いている人や小さなお子さん
がいる人もおり、全員で集まることはあまりできませんでしたが、それでも「できる人がその時にできることをしよう」をモットーに無理せずに
活動してきました。そして最後にみんなで「楽しかつたね」と言い合える活動ができたことは、委員長として役目を果たせた気持ちで胸が熱く
なりました。
 広報紙として形に残り、達成感、充実感を味わえるのは広報委員ならではだと思います。この経験を活かし、これからも私のできる形で子
ども達の成長を見守っていきたいと思います。  綿引まり子 


 十年間のPTA広報委員活動もゴール
 ついに私のPTA広報紙づくりもゴールです。本当に長い間ご指導いただきありがとうございました。おかげさまで良いPTAが送れたと思い
ます。私は「広報」を「宣伝」と思い込んでいたので、なんでPTAが宣伝をするのかわからなかったのです。それを「発行はPTA、それを編集
するのが広報委員会」と武先生から教えられ、「会員の顔が見えない」と指摘されました。
それから会員の声を必死に集めました。アンケートというスタイルでの「声」集めも取り入れました。ところが私の考えは、なかなか委員さんの
賛同が得られず辛く苦しいときもありました。でも十年間、武先生のいつも変らぬ応援は力強い味方でした。
 武先生に出会えてよかったです。初めて先生の名前を知ったときから運命を感じました。私が生まれ育った地は福井市の「勝見」、祖父の
名前は「武治(たけじ)」…。 そう、勝手に運命を感じていました。又どこかで先生にお会いできる運命を信じ、その日を楽しみに待ちます。
子供たちも新しい生活へスタートを切りました。それを眺め、私の心も弾んでいます。武先生のますますのご健勝とご多幸をお祈り申し上げま
す。  小泉ふみ代             
 ※小泉さんたちががんばった広報紙『笹生』は「東京都小・中学校新聞コンクール」のpta新聞の部で27、28年度と二年連続で『最優秀賞』を
 受賞しました。


 広報紙づくりに大切な話し合い   
  広報紙づくりに関わり、話し合いはとても大切だと感じました。 ほぼ全員が広報紙づくりは初心者という中で、お互い「小学生を育てている
親」としての共通点から、他愛ない会話から親睦を深めることができました。そこから疑問が生まれ、題材を決めたりもできました。話し合うこと
で信頼関係ができ、忌憚のない意見を言い合える環境が整ったように思います。また不安な点や疑問点を共有できました。これらが、より良い
紙面づくりに生かせたと思います。
 広報紙づくりは大変ですが、仲間と作るということで、できあがった時の喜びも共有することができました。   田渕 香織    
             

 なるべくPTA活動を伝えよう  
 「今年度はなるべくPTA活動を伝える内容にする」そのことに注意しながら、1年間みんなで知恵を出し合い、悩み、協力しながら広報づくりの
活動をしました。
 学校行事を中心に子供の写真を多くのせた広報紙の方が読み手に好まれるのは承知でしたが、今年度は限られたページの中でPTA活動へ
の関心を深める内容に仕上がったと思います。子どもたちのために先生、父母、地域が繋がり理解し合う。その手段の一つとして広報紙の役割
は重要だとあらためて感じることができました。    相川 朋美


 学校を支えているPTAの委員会活動
 取材に行くと普段は目にすることのないことを見ることが出来、とても良い経験ができました。
 PTAの委員会活動は会員の協力や地域の方の力をいただき、学校を支えているということを知りました。広報誌が出来あがり手にした瞬間は
何とも言えない感動を味わい、楽しい一年間でした。  古野 里美



2017年3月7日更新   

 美彦の大きな声が聞えてきたように思えます
 咲き誇る梅花を震え上がらせた昨日の厳しいさむさ。でもきょうは明るい日差しの暖かい日です。過日は「エコー」をお送り下さり
ありがとうございました。旅立ちの日からまもなく3カ月になります。その間仏事や諸手続きに追われる日々でしたが、ようやく一段
落、ホッと一息というところです。この間、何度も夢の中には来てくれるのですが何も話をしてくれません。一人で黄泉に行ってしまっ
たのですから仕方がないのですが。先生の「エコー」の文で、美彦らしい姿を見ることができ、美彦の大きな声が聞えてきたように思
えます。
「お世話になりました。ありがとう。明るく元気で生きてください」と友人や家族に別れの言葉を述べ、次の日荷静かに旅立ちました。
たくさんの方に守られ、愛され、大好きな秦野で生きた幸せな人生だったと思います。武先生には永いあいたのお付き合いありがと
うございました。  内藤 公子


 私の故郷 船生村
 好天が続き白雪の富士、丹沢山塊が目を楽しませてくれます。335号ありがとうございます。4頁の「寺山今昔」、生まれ故郷(栃木
県塩谷郡塩谷町)の変転に重ね合わせしみじみと読ませていただきました。
 町村合併前は「船生村」と言いまして、昨年文化勲章を受けた作曲家の船村徹氏は近所(親戚)です。船村さんのお母さんに私の
母は可愛がられた(隣の息女ということで)ようです。「忘れな草をあなたに」を作詞した木下龍太郎氏は私の姉の同級生で、妙に歌
謡曲に縁ありです。
 文中の商店のご紹介、私の故郷でも「油屋」「麹屋」「小松屋(旅館)」 酒店、豆腐屋、床屋などが軒を並べていましたが、今は昔の
面影は全くなくなりコンビニが一店あるだけです。買物は車で一時間かかる矢板市や今市市(現日光市)、宇都宮市まで出ねばなりま
せん。そんなわけで当時は7000人だった人口は4000人くらいに減り、まさに《限界集落》です。  河原 昭夫

 越生の春をどうぞ
 その後、お体の回復具合はよろしいのでしょうか。フキノトウを取っいたら、先生、奥様、ご子息との出会いのことを思いだしました。
冬眠から覚めた熊が一番初めに食べるのがフキノトウと言うことを聞いています。ほろ苦さが目覚めに良いのでしょうか。老犬と一緒
にしゃがみこんで春の喜びを探すことは楽しいことです。埼玉の田舎・越生の春をどうぞ。  仲 紀子
   
 拝啓 立春の候  ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
 幼少の頃より温かい眼差しを浴び、愛でていただきました千春もおかげさまにて成人の儀を迎えることができました。ここに厚く御
礼申し上げます。20歳を節目として社会に役立つ人材へと精進、努力を積み重ねていくことと思います。どうぞ今後もご指導賜わり
ますよう御願い申し上げます。  敬具
     2017.2.22                                                     高橋喜久雄


 続紙媒体ってイイ
 例年1月1日にはコンビニに行って、全国紙三紙を買いそろえて今年を占う的なことをするのですが、今年は神奈川新聞だけ買って
きて済ませました。家では朝日新聞。この二紙を読みました。どう考えても今年は米大統領トランプ氏にふりまわされることは明白。第
2週に入ると加えて東京都知事小池さんが話題を振りまいています。サイコロの目のように何が出るかわからない年になりそうです。
 さて、今年から年賀状は1月2日には配送しないことになりました。人件費節約。年賀状が少なくなったという事情もあるようです。新
聞も休刊日。で済ませられず、コンビニに行って前日の売れ残ったスポーツ紙を買いました。紅白の話題を追うことと、箱根駅伝の情
報を求めて購入しました。
 日頃、神奈川新聞を買って小テストの時事問題探しを常の業務にしている私には、一日たりとも活字から離れることはできなくなっ
ています。一種の依存症です。読まずにはいられない、というか、読むと安心するというのでしょうか。毎月の休刊日は駅・コンビニで
売られるスポーツ紙を買っていますので、年中無休状態です。出費も知らぬ間にかさんでいきます。
 でも紙媒体っていいですよね。雑誌の売れ行きが下がっていると言います。スマホで読み放題になっているから。本も電子書籍でデ
ジタルになっています。寂しいです……。将来はこんな感覚も消えていくのでしょう。データー化された文字に慣れてしまう未来人。どう
なのかな。生徒が板書を写すのを嫌がります。面倒だといって。そのうちに電子黒板ができれば、先生が黒板に書いたものがデータ
ー化されて生徒のもとに届く。ノートなんて必要なくなる時代がくる、というのはいかがなものでしょう。書いて覚えると言われてきた昭和
世代としてはついて行けません。   三嶽 雅彦



2017年2月1日更新   
                                   
                               私も参加した女性交流会のダンゴ飾り 
                                          1月14日・西公民館で


  北上だより
  

 雪の無いお正月の後寒波が来て、北上は1ヵ月ぶりの雪景色です。 積雪はそれほど多くなく、厳寒の真冬日が4日ばかり続きました。 小正月に
餅をついて赤い水木の枝に飾る「みずき団子」(写真左) 。北上展勝地の桜並木には思ったより車が往来していました。(写真中) 県道沿いの岩に出
来た氷柱はまだ溶けません。(写真右)  渡辺 知子

  
 秦野市八沢地区の道祖神祭り・トッケダンゴ           写真 田中嘉津明

     
   拳大の大きなダンゴ      三叉のコナラの木にダンゴを刺し 焼く          枝ごとトッケダンゴ
  ※ 「トッケダンゴ」とは「トッケえる(秦野言葉)」=「取り替える」でダンゴを取り替えること。「幸せはもちろん、悲しいこともみんなで分かち合おう」と
   いう地域の連帯感を表す行為


 紙媒体ってイイ
 例年1月1日にはコンビニに行って、全国紙三紙を買いそろえて今年を占う的なことをするのですが、今年は神奈川新聞だけ買ってきて済ませまし
た。家では朝日新聞。この二紙を読みました。どう考えても今年は米大統領トランプ氏にふりまわされることは明白。第2週に入ると加えて東京都知
事小池さんが話題を振りまいています。サイコロの目のように何が出るかわからない年になりそうです。
 さて、今年から年賀状は1月2日には配送しないことになりました。人件費節約。年賀状が少なくなったという事情もあるようです。新聞も休刊日、で
済ませられず、コンビニに行って前日の売れ残ったスポーツ紙(スポーツ報知)を買いました。紅白の話題を追うことと、箱根駅伝の情報を求めて購入
しました。
 日頃、神奈川新聞を買って小テストの時事問題探しを常の業務にしている私には、一日たりとも活字から離れることはできなくなっています。一種の
依存症です。読まずにはいられない、というか、読むと安心するというのでしょうか。毎月の休刊日は駅・コンビニで売られるスポーツ紙を買っています
ので、年中無休状態です。出費も知らぬ間にかさんでいきます。
 でも紙媒体っていいですよね。雑誌の売れ行きが下がっていると言います。スマホで読み放題になっているから。本も電子書籍でデジタルになってい
ます。寂しいです……。将来はこんな感覚も消えていくのでしょう。データー化された文字に慣れてしまう未来人。どうなのかな。生徒が板書を写すのを
嫌がります。面倒だといって。そのうちに電子黒板ができれば、先生が黒板に書いたものがデーター化されて生徒のもとに届く。ノートなんて必要なくな
る時代がくる、というのはいかがなものでしょう。書いて覚えると言われてきた昭和世代としてはついて行けません。  三嶽 雅彦

 毎日7000歩が目標
 山行き回数が下降気味だったので、昨年の正月から飛ばし過ぎ。四月半ばから歩行困難となった。加えて慢性閉塞性肺疾患で山行きにはドクタース
トップ。秋口から足に装具をセットし、杖を突いて歩行練習を始めた。この間、クラス会や会社のOB会などのお誘いはすべて欠席。だが11月に「あきだ
る会」(醸造クラス会)には、どうにか名古屋まで行ってきた。これで連続20回の参加。仲間の半分近くは体調不良で欠席。小生の場合、糖尿、便秘、靭
帯断裂などで外出はつらいが、友との再会はそれ以上に楽しかった。今は毎日7000歩を目標に頑張っている。   三橋 俊彦

 「ふるさとを知る」ため 歩き始めました
 念願叶って武先生の講座(JAはだのの組合員講座)に参加させて頂きました。大山、秦野、葉タバコ、道祖神のことなど、興味が湧いてくる話を分かり
やすい言葉で話され、楽しかったです。頂いた先生の資料の冒頭に「ふるさとを知り ふるさとを愛し ふるさとを育てる」と書いてありました。その「ふるさ
と」を「秦野」に置き換え「秦野を知り、秦野を愛し、秦野を育てる」という思いで話をされた先生。そのとき私は、私のふるさと愛川を思いました。「ふるさとを
知る」、まずは地域の道祖神を調べてみようと歩き始めました。   古関香代子

 子供達が成長し、手がかからなくなってきました。それでもまだそれぞれの行動に口を挟んでしまいます。見守ること、子離れの難しさを感じるこの頃
です。「子供達中心の生活」から卒業すると考えたとき、自分は何をしたいという希望・目標がないことに気づきました。今年は自分自身を見つめる一年
にしようと思います。   竹内 美紀

 久しぶりの広報づくりに ドキドキ、ワクワク
 昨年の速報部同窓会とても楽しかったです。久しぶりに広報づくりに関わりドキドキ、ワクワク。みんなはすごいと再認識しました。これも先生のおかげ
です。お体お大切に。   栗山 雅子 

 私も参加した秦野での全国新聞研究大会。あれから10年が経ったのですね。今なお新聞づくりをされる速報部の皆さんは素晴らしい。  鈴木 裕子

 昨年は偶然に先生とお会いし、お話ができて嬉しかったです。奥様の作品展も観ることができました。広報づくりを通して教えていただいたことを大切に
し、子育て、ボランティア、バレーボールをがんばっていきます。   堀之内美保

 加齢に乾杯
 今年もこの上なく幸せなお正月。もったいない元旦。ファミリー集合19人。座布団が足りん! 
 老いてからでも学び続ける知的余生 加齢に乾杯
  卒寿の母と欲張って 歳を酉(とり)ます また一年   畠  和子


2017年1月1日更新

                            
                                   倉田 幸子さんからいただいた干支  信楽焼「酉」 

 伊吹山に初雪が降りました。信楽も氷が張り、木枯らしが吹きすさぶ季節です。タイヤを冬装備にしました。 
先生方と信楽に旅された折り、一緒ににお目にかかった中学生の娘も、大学三年生の娘と来年大学受験する息子を持つ母親です。そして今、児童
福祉施設で「この子らを世の光に」とがんばっております。寒い季節、忙しい年末年始です。先生には十分お体をおいたわりくださいますようお願い申
し上げます。干支の「とり」をお届けいたします。  倉田 幸子(信楽焼きの干支の「とり」 は今年で三回り目です。)

 11月23日の「秦野の道祖神」講座では、久しぶりにお元気な先生にお会いすることができました。お話も興味深いものでした。
 今年度はPTA広報に関わっていないのですが、他のところで日本語の面白さを味わっています。一つは、以前からお手伝いさせていただいている
ランティア団体で年2回のニュースレターを作成する際のことです。それまでは他の皆さんに少し遠慮して、頂いた原稿の誤字・脱字の修正くらいしか
していませんでした。ですが、今年新たに参加された方が句読点にも気を配られるので(校正関係の仕事をされていたようです)、私も遠慮をかなぐり
捨てて二人で深夜2時過ぎまで電話とパソコン画面を通して校正作業に没頭しました。とても楽しい時間でした。
 もう一つは、知人(英語圏の方)の日本語学習のお手伝いをしていることです。「これは日本語ではどう言うのか」と訊かれた時に、それまで意識せ
ずに自分が場合に応じて言葉を選び取っていたことに気付きます。それが自分で興味深く楽しいです。「は」と「が」の違いなど、本やネットで調べてみ
ても自分で納得した説明ができる気がしないものについては、新聞から様々な文例を探して取り出し、その説明にちゃんと当てはまるか確認したりし
ています。これも楽しいことで、「こんなところにまた新聞活用方法!」と自分で喜んでいます。  恵美子

「動かなければ出会えない 語らなければ広がらない 聴かなければ深まらない」を実感・再確認
 24年間の仕事を終え時間に追われないのんびりとした生活をしています。
 先週、長い間思っていた東北の被災地にいってきました。“物見遊山”的ではと、かなり迷ったのですが、自分の目で見て、自分の耳で聞かなければ
知りえなかった現実にたくさん出合え、訪ねてよかった、来た甲斐があったとの思いを強くしました。 伝えつなぐ大津波の石碑に刻まれていた釜石中
学三年生の言葉「悲しくて前を向くことができないときは無理せず横を向いてみてください。いつでも仲間や家族が一緒にいます」は胸にずしりときまし
た。 ECHOの「動かなければ出会えない 語らなければ広がらない 聴かなければ深まらない」を実感・再確認しました。これからも支援を、ささやかで
も長く続けていけそうな道筋が見え、本当に有意義な訪問となりました。  典子

 武さん、「エコー」333号を拝見し、うれしくなりました。武さんの後をしっかりついてまいります。いま記念誌の仕事で緊張していますが、私は全新研
で育ってきたのです。54年前を思い、不思議な人生を、しかも1回きりの人生を噛みしめています。   健


 2016年12月1日更新

 祝 出版 『道祖神ワンダーワールド』 『まほら秦野みちしるべ』
 一歩一歩近づいてくる冬の足音が聞えてきます。お元気のことと思います。エコー332号ありがとうございました。活動も再開とのこと嬉しく思いま
す。それにしても先生の回復の早さに驚いています。とにかくご無理はなさいませんように。三平さんと電話で話したのですが、あせらず、少しのん
びりと養生なさることをお願いします。
 「道祖神ワンダーワールド」のご出版おめでとうございます。私の故郷七沢では「セイノカミサン」と言って親しみ、ドンド焼きの日には母とお団子を
作り、焼きに行ったことを思い出し、温かい心になりました。  湯川

 本日は素晴らしい本をありがとうございました。ページをめくるごとに心の和む道祖神様の写真。しかもすべてがカラー、見応えがあります。引き
込まれます。いつも精力的に執筆や講演をなされている先生のパワーには感嘆いたすのですが、厚子先生やご子息のご理解とご協力があってこ
そ、と思っております。仲むつまじい道祖神様に先生ご夫妻の姿が重なります。どうぞ、これからもお元気で人生を充実されますようお祈り申し上げ
ます。  平本  

 素晴らしい書籍をありがとうございます。まだ全てを読んでおりませんが、故郷を見直す機会にもなりました。気仙沼は大きく変わりましたが、変
わらない場所もあります。どういう形かで“故郷再発見”をすることが考えられそうです。
 賛同する仲間がたくさんいらっしゃる事に感激でした。歩いて調べて、根気がなければつづけられないことですね。貴重な資料をありがとうござい
ました。  渡邉

 予報が当たって やはり雪 ☃ 
 11月24日(木) 夕方4時半頃、雪まじりの雨も止みバス通りに出ました。果物や野菜が綺麗に並んでる八百屋さんの脇のお稲荷さん。赤い屋根
に白い雪を乗せてきらりと輝いています。小さなお稲荷さんですが、 200年程の歴史があり、代々受け継がれ大切に祭られています。  いつもお稲
荷さんに温かく見守って頂いているようです。  菅原 

 2016年11月1日更新


子守唄の村  原田泰治 

 5月20日から5か月! 輝く ECHO 332号
 いつもより大きな封書を手にし、不思議に思ったり、期待したりしました。331号(5月20日)から5か月経っての332号。それだけでも喜びと驚き
でいっぱいになります。輝く ECHO 332号! 先生のこれまでの歩みがどっさり載った宝船です。生きることの素晴らしさに胸打たれ、感激してお
ります。
 にっきの木を拝読しながら、皆さんの温かいお心や朝日新聞の「Katsumi In 道祖神ワンダーワールド」が紹介されたり、ご活躍の様子が見えて
きて、すっかりお元気になられたようで嬉しくなりました。
 「活動を再開いたします」に11月23日(祝)講演会のご案内があります。十周年記念誌『古道・大山道を歩く・まほら秦野みちしるべ』発行された
のも心躍ります。秦野の歴史や民俗に触れ、秦野に生まれ秦野に育てられた先生のお心溢れる貴重な記念誌です。29日は東公民館まで行けま
せんので、お裾分けしていただければありがたいです。
 秦野高校創立90周記念事業「東日本大震災被災地交流ツアー」へのお心配りにも驚きました。これまで何回も現地へ向かわれ、「三陸新報社」
様との交流やご支援を基に秦野高校へのご配慮です。単なる交流ツアーでなく、その重さに感心させられました。
 なんといっても先生の手術譚です。≪『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』を手に道祖神に導かれ次の世界へ ≫に慌てました。次の世界が浮
かびあがり、「わが人生に悔い無し」と覚悟されてるお姿が迫ってきました。しかし、優れた手術力でお人柄もよい主治医のお二人の先生に出会わ
れたことは何より嬉しいです。医療現場の温かさと奥深さが心に沁みました。心をつかむ医療コミュニケーションと言われますが、患者さんである武
先生のお人柄も格別ですからね。
 「返ってきたエコー」は『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』のお礼と報告や喜びのことばが多いです。皆さん、その地区の道祖神が掲載された
ことを大変喜ばれてることに共感を覚えました。わが市川も載せて頂きありがとうございます。当時は道祖神の前に大木があり、後には光が照り映
える家屋があって、奥田さんに手伝って頂きながらも撮影には厳しい状況でした。
 朝日新聞「道祖神訪ね 全国行脚」の記事に、七つ道具は ①汚れを落とすブラシと布 ②手袋 ③周囲の草木を刈るハサミ ④文字の判読の際に
塗る片栗粉と洗い流す水 ⑤メジャー ⑥お神酒 ⑦身元を示す名刺と秦野の銘菓とあります。これだけでも取材へのお心配りとご苦労がわかり、貴
重な道祖神に見えてきます。私も同じものを持って行きましたが、最も肝心な文字の判読に片栗粉とは、初めて知り大変勉強になりました。市川は
庚申塔はあちこちありますが、道祖神はあまりありません。千葉県はなぜ道祖神が少ないのか興味が湧きます。
 ふるさとを愛し ふるさとが輝く ECHO第332号!ありがとうございました。だいぶ寒くなりました。 ☂ 外は雨です。ご健康を祈念致します。
     2016.10.28.                                                              菅原 澄子 

 土曜日の「タウンニュース」紙で「まほら秦野みちしるべの会」の10周年記念誌の記事を読みました。同じ日、分厚い『ECHO』もいただきました。手
に取り、武先生の“完全復活”を感じました。でも、今週から寒くなるそうで、特に朝晩は冷え込みますのでお身体ご自愛ください。  大瀧 美和
  
 秋冷の候 先生にはお変わりなくご活躍のこととお喜び申し上げます。私、以前に先生に電話を掛けたり、お手紙を差し上げましたKと申します。
先生のご尊顔は地元(秦野市)や伊勢原市における講演等で拝しているところでございます。
 さて、先生の労作「道祖神ワンダーワールド」を拝読させていただきました。道祖神を訪ねて(先生流には《まねきにあひで》ですが)関東一円は及
ばず北は北海道から、西は広島・鳥取に至るまで調査されました。畏敬の念を禁じ得ません。まだ中身をすべて見終わっておりません。今後少しず
つ見させていただくつもりです。また、
 厚木市の玉川地区にもスポットを当てていただきましてありがとうございます。こちらは先生の教え子たちが郷土の歴史に関心を従前から持って
いたこともあり、更に石工たちの歴史的経過もあることから取り上げていただいたことになりましょうか。
 第3章の訪問地におけるエピソードも興味深く拝読させていただきました。その中では新手のオレオレ詐欺師の記事は〈笑うに笑えぬ〉事件でござ
いました。末筆になりますが、先生のますますのご活躍をお祈り申し上げます。
 (追伸) 昨日(10/23)先生の後輩になるお方、東中学校の教員であられます佐藤栄先生のご案内で平塚市の土屋城址界隈を歴史散策いたし
ました。佐藤先生は、武先生をよくご存知でした。   加藤 慎一

 先日届きました「エコー」を読ませていただきました。先生が元気でPCに向かわれている姿を想像し、素直に「嬉しい」という気持ちになれました。
これからも元気でご活躍ください。
 私は23日(日)に「土屋」地区のガイドを今年も実施させていただきました。このツアーが始まって以来、毎年のようにこの地区はガイドしています。
でも、今年はより緊張いたしました。これはいったい、なぜだろうと考えていました。たぶん勉強すればするほど、自分の無知さや力のなさが分かる
からだろうと思います。これからも、自分で考えたこと、疑問に思ったこと等を大切にし学んでいこうと思っています。
 武先生もご存じでしょう、厚木市お住まいのKさん。23日に私のツアーに参加して下さったのです。その方と武先生のことが話題になりました。
                                                                               佐藤 栄

 2016年9月30日更新

実りの秋


 山下 清

 二茅芳郎朝日村教育長先生からのお礼状
 2015年8月27日 長野県東諏訪郡朝日村の道祖神に会いに行った。その折お世話になった朝日村教育委員会に
『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』をお礼と報告を兼ねて届けた。すると、教育長の二茅芳郎先生からお礼状を
いただいた。(平成28年7月26日)

 武 勝美 様
拝啓
 梅雨明けも間近な信州です。教育委員会所在地の標高は800㍍を超えているので、市街地に比べて多少暑さはし
のげますが、最近では猛暑の感は否めなくなってきています。
 きて、突然の封書に驚き、開封しましたところ、貴重な文化遺産でもある道祖神の冊子。わが村や近隣のものも掲
載されていてさらに驚いた次第です。古見地区の化粧道祖神は、以前住んでいた地区にあり、妻が嫁いだ頃でしたが、
嫁さんが化粧する慣わしがあると言われ、地区の長老ヒ共に妻がお化粧したことを思い出しました。教育委員会でも
石像群は文化財として登録し、村独自でも冊子を作っているのですが、県外の方から改めて貴重な石造文化である
ことを教えていただいた思いであります。冊子は、早速村の図書館に置かせていただきました。
 ところで、今住んでいる塩尻市の原新田地区にも様々な石造丈化があるのですが、その中のほんの一部、二基の
道祖神の写真を同封いたしました。幕末期の弘化年間のものと、こちらも珍しいと思うのですが、大正初期に造られ
た道祖神です。弘化年間のものは「帯代五両」と記載があり、「道祖神の嫁入り」には五両が必婁だと見られます。大
正期のものは、子孫繁栄を祈念して造られたものと聞いています。一見すると何のことはないのですが、女性は男性
器を、男性は女性器を持っているように造られているとのことです。そう言われてみればそのように見える道祖神です。
 ますます暑くなる時期に入ります。くれぐれもご自愛いただき、ご健勝でご活躍なされることをご祈念いたします。
                                                                敬白
  

 ほほえましい双体道祖神さんがいっぱいの「Katsumi 1n道祖神ワールド」素晴らしい本、ありがとうございます。道祖
神さんと向き合い、先生が嬉しそうに話しかけていらっしゃる姿が目に浮かんでまいります。また、その地で出会われた
人たちとの交流の話も先生らしく、興味深く、楽しく読ませていただきました。
 私のふる里は厚木市小野。家の近くの畑地を通る道にセイノカミサンがあり、そこで毎年1月14日ドンド焼きが行わ
れました。父は世話役として楽しそうに動き回っている姿を思い浮かべています。書初めを火にくべ、燃えながら高く
昇っていくと「字がうまくなる」と言われ、このドンド焼きは子供には楽しい行事でした。小野では今もドンド焼きはおこ
なわれているのでしょうか。また先生が俳句や短歌に寄せられる情熱を本の中で知りました。 
                                                       横須賀市 栃木ヤスエ

 
 先生の本で、玉川地区にこんなにたくさんの道祖神があることを初めてしりました。私が住んでいたところは日向川。
子供のころは道祖神の前で毎年ダンゴ焼きをしていました。道祖神のことをセイノカミサンと呼ぶ、と本にありますが、
母はたしかにそう呼んでいました。民話「目一つ小僧」の話、これも母から聞かされたことがあります。母は「一つ目小
僧」と言っていました。12月8日に一つ目小僧が来るから、と私たち子供に「下駄を家の中に入れなさい」と注意し、私
はそのようにしました。
 私の今住んでいる町田市金井地区も1月14日にダンゴ焼きをしています。場所は地区のスポーツ広場。地元のお
年寄りが組み立てた三つの斉灯に一斉に火が点けられます。けっこう迫力があります。ダンゴを持ってこない人(とく子
のために)、婦人部の人たちダンゴを準備しています。(100円で売ります) それでみんながダンゴ焼きを楽しむことが
できます。金井地区ではあちこちでこの日ダンゴ焼きが行われているようです。      東京・町田市  原 律子



2016年8月1日更新
 『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド



 ふるさと・旧中富町を取り上げてくださり 感謝

 この度の『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』の上梓、誠におめでとうございます。また、御恵贈にあずかり、ありがとうございました。
 先生は新聞教育はいうに及ばず趣味の面にでも、五感と足を使って、長年調査研究され、まとめ上げました。一冊にまとめ上げること
は相当の労力を伴うものです。先生の意欲的な姿勢、飽くなき探求、真筆なご努力にはただただ敬服するのみです。直接調べ上げた内
容だけに非常に興味深く、また文面にも説得力を感じます。
 私のふるさと・旧中富町も取り上げられており、驚くとともに感謝しております。久那土は帰省する折通ります。本栖湖から古関、久那土、
富士川の峡南橋を渡ったところの「和紙の里」が、私の生れた故郷です。あの地で生まれ育ち、18年間生活してきました。手すきの和紙が
製造され、大人たちはひたすら働いておりました。父親から「風邪をひいても働きながら、治すものだよ」とよく言われ勤勉性を学びました。
当時はプールがなかったので、峡南橋の富士川でよく泳ぎました。
 「和紙の里」にある「現代工芸美術館」は、兄が町長(旧中富町)を務めていたとき建てられました。秦野市が宮永岳彦美術館を建てると
き教育委員会の職員や市議会議員が視察されました。天皇・皇后妃両殿下がご訪問された折、兄がご案内させていただいたことを誇りに
していました。私を教化・感化してくれたその長兄も今年1月に他界いたしました。
 旧下部町の土橋金六町長さんは久那土でご健在です。今夏お盆休みに帰省しますので、御著書を謹呈してまいります。治男先生の生
家、樋澤坊は私の実家から車で25分くらいですので、帰省した折にお墓参りをしています。
 本格的に暑くなりました。どうぞ、健康には一層留意され、さらに研き究められまして、至高の目標を目指されますことをお祈り申し上げ
ます。                                            秦野市   望月 國男                    

 『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』いただきました。ありがとうございます。
 読んでみたら米子市淀江町の道祖神がたくさん載っていて、驚き、感激しました。淀江町は母の生地です。高校生の頃まではよく淀江町
に行きした。その頃のこといろいろ思い出させてくれる本でもあります。     秦野市   宮川 義晴

 『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』を御恵贈くださりありがとうございます。日本各地の550余の道祖神という膨大なデータを見たとき、
先生のご熱意にただただ敬服と感嘆致すのみです。道祖神の由来、その道祖神を守り続けている人々の姿なども記録され、大変価値の
あるものとして拝読させていただいております。これからもご自愛なされながら「道祖神の里めぐり」をお続けくださるようお願い申し上げます。 
                                                秦野市   久保田 忍

 『道祖神ワンダーワールド』いただきました。長年の調査結果をまとめられたこと、とても貴重な資料と思います。私の実家歯平塚市上吉
沢字山ノ神で、そういえば子供のころ道祖神のところで遊んだな、などと思いながらページをめくっていったら、なんと113~114ページに「イ
リ」と「ムカイ」道祖神が収録されているではありませんか。懐かしく、うれしく眺めさせていただきました。実家の敷地内には「山ノ神」が祀っ
てあり、毎年2:月17日に今も祭事が行われています。                秦野市   久永 幸男

 先生、奥様、そしてご子息様とでこんなにすばらしい本をおつくりなされたこと、誠におめでとうございます。そのご本を私にまでお届けいた
だき、心から感謝申し上げます。当地の梅干をお送りいたしました。小梅です。「道祖神めぐり」に持ち歩き、熱さに負けないように食べて下
さい。先生ご一家と出会えたご縁をあらためて喜んでおります。          埼玉・越生町   仲 紀子

 武さんの本が届きました。ありがとうございました。ウチの「おにょさま」、よく写っています。大事にします。秋田に来る機会がありましたら、
もう一度斉内にお寄りください。お体に気をつけて長生きしてください。      秋田・大仙市   小松 洋



2016年6月1日更新

 北上だより  気仙沼の今

 「エコー」329号 有難うございました。気仙沼のことを取り上げてくださった文に、ポロリと目から…。3月11日前後、テレビで津波の映
像がずいぶん流されました。私たちは停電していたため見られなかった映像がほとんどでした。
 震災復興は着実にすすんでいるところと、まだまだの歩みおそいところと極端なようです。気仙沼の弟家族はまだみなし仮説で暮らし
ています。その弟の子・姪が今年大学を出て気仙沼の中学校に勤務しています。ところが住むところがない。弟の住宅は狭い二部屋で
高三の女の子がいます。家族三人ぎりぎりの状態です。アパートを借りたくでも借りられない。「ドンドン建てられているというのに」とは
義妹の言葉。その訳は、復興道路をつくるために、その計画に引っかかるところに済んでいる方たちの立ち退かざるをえず、その方た
ちのために急いでアパートが建てられているのだそうです。姪は、何とか仮設住宅の空き経部屋を斡旋されたとかで、安心しました。
 ところで「元気を貰う」「勇気を与える」などの言葉に違和感を感じるというお話に私もうなずいています。あの震災後急に使われだした
「元気」や「勇気」という言葉、ずいぶん軽いものになってしまったように感じています。   北上市  渡辺 知子


 情報を、確実に、公平に提供できるのは「紙」
 誰のための広報か。『なかはら』は「PTA会報」なので、PTA会員が対象で、子供達向けの特集も大人目線で作成しています。子供だ
け納得するようでは目的を果たせません。親から子に伝え、話し合い、共有するツールにして欲しいと思っています。学校の全世帯に、
確実に、公平に提供するのが目的ならば、PCではなく「紙」を媒体とするのが適切です。
 私達のPTAは、クラスから出す役員のノルマ人数は他校よりも少なく、PTAの仕事を「ボランティア形式」で募集され活動する「ボランテ
ィア制度」だからで、広報誌もボランティアで「役員」や「委員会」ではありません。この制度は「やる気のある人がやりたい仕事」をするの
が目的で、理想的と思われますが、それを成り立たせるのは簡単ではありません。
 そもそも日本中のほとんどの保護者は、PTAの仕事には及び腰でしょ? どんなに形式が変わろうと、やりたくないものはやりたくない。
実際、中原小PTAも存続や活動の難しいボランティアばかりで、原因は人手不足です。この状況では、負担を減らせばボランティア人数
が増えると錯覚されがち。まして、PTAのこの状況を会員の皆が何も気づかないまま消滅するようでは、PTA会報『なかはら』の存在意義
もなくなります。「PTA会報」は、PTAの経緯や現況をPTA会員に伝え、共有でき、共に議論できてこそ本分と信じています。
 最後に、PTA会費で発行費用が賄われているので、準備や調査もないような、単なる報告だけの《やっつけ》記事だけの構成はしないの
がお金をだしてくれたPTA会員へのマナーですね。    柏市・中原小学校PTA広報ボランティア


 広報を通してできたつながりを大切に
運動会取材時、校務整備員さんが毎朝学校の周りや生垣を清掃してくれていることを知りました。
先日、広報活動で感じたお礼を校務員さんに伝えたところ「花壇がさみしいので是非PTAで何とかしてほしい」という声をいただきました。
新年度より花壇ボランティアの代表になったこともあり本部へ伝えたところ、花壇ボランティアの予算が少ないことがわかり早速見直しさ
れることになりました。また行政からも、緑の財団が公道沿いの花壇に寄付活動をおこなっていることを教えていただきました。
 広報を通してできたつながりの大切さに改めて気付かされました。新年度は花壇ボランティア代表として花いっぱいの学校を目指して頑
張ります。    堀之内美保


 「東北風土マラソン」に参加
 四月二十四日に宮城県登米市で行われた「東北風土(フード)マラソン」というちょっとユニークな大会に参加してきました。長沼を一周する
という「ハーフの部」は距離のコース上に東北の美味しい食べ物(ソバ ホタテ 笹かまぼこなど)や日本酒の仕込み水が置かれてあり、それ
を飲食しながら制限時間内にゴールするというものです。「フルマラソンの部」は二周目に入ると、ステーキやイチゴとさらに美味しいものが並
びました。私はハーフでしたので仕込み水とフカヒレのスープを。楽しかったです。    篠本 典子
     (登米市の隣は気仙沼市と南三陸町)



 国道134号線         栃木ヤスエ

 海展く三浦大根畑かな
 御用邸の松亭亭と秋晴るる
 春潮や不如帰の碑古りてをり
 鎌倉は海より夏のはじまりぬ
 夕凪やサーファー波を待ちてをり
 江ノ電やカンナに触るるやうに過ぐ
 烏帽子岩海鵜は沖を見てをりぬ
 駅伝の歩の乱れなし三日かな
 平塚や紅谷横町星祭
 鴫立庵もロングビーチも時雨けり

 二十歳で運転免許を取った。当時まだ女性のドライバーは少なくて、珍らしがられたが、私は運転が楽しくて車でどこまでも行けるような気が
した。日本中、いろいろな道を走ったが直線の続く北海道や、日本海沿いの新潟親不知の道は特に印象深い。若い頃、平塚から江ノ島、鎌倉
へはいつものドライブコースだった。友人と笑いながら、はしゃぎながら海辺の道を走った。青く広がる海と爽やかな車窓の風は、いやが上にも
気分を高揚させ、何も怖いものもない、明るい日々があった。
 国道134号線は横須賀を起点とし、三浦、葉山、逗子、鎌倉、藤沢、茅ヶ崎、平塚を通って一号線と合流する大磯町までの約60キロ。この道は
昭和四十年の春に誕生した。神奈川県南部の相模湾沿いに、いわゆる湘南地区を結んでいる。正月には駅伝選手が走り、夏には多くの海水
浴客でにぎわう。グルメ雑誌に登場する洒落たレストランや江ノ電は、歴史ある鎌倉の名所と共に修学旅行生にも人気のスポットだ。江ノ島、富
士山、白い波頭、稲村ヶ崎のあたりはいくつものドラマの舞台にもなった。
 すっかり大人しくなってしまった私は今、主人の運転する助手席に座って、ぼんやりと海を眺めている。過ぎ去りし日、カーラジオから流れてき
たサイモンとガーファンクルの「コンドルは飛んでゆく」。あの切ない歌声が、遠く浪間から聞こえてくるような、そんな気のする気だるい春の日の
午後。  (俳誌『日矢』より)     栃木さんは、私が初めて教壇に立った年の教え子の一人。当時はソフトボール、今は俳句に燃えている。



2016年4月7日更新
 
 広報委員を終えた今 思うこと

 一緒に頑張ってくれる仲間がいたから
  「ママ、今日も学校に来るでしょ?PTA室に行くから一緒に帰ろうね」と嬉しそうに言う子どもたち。
 入稿前は、ほぼ毎日お弁当を持って朝から子どもたちの下校時刻まで活動していました。でも、それが苦ではありませんでした。メンバーの
皆と お菓子を持ちより、雑談を交えながらの企画・編集作業が楽しく、雑談に花が咲いて手が止まってしまうことも。PTA室で活動している他の
委員会の方に「広報さんは本当にいつも楽しそうだね」と言われるほどでした。
 もちろん、表紙の写真をどうするか悩んだり、レイアウトに行き詰まったり、大変な時もありました。とくに、いじめや親子のコミュニケーション
の企画では、学校側からNGが出ることが多く苦労しました。委員長である私がパソコンが苦手なことや、2年連続全国コンクールで上位入賞と
いうことにプレッシャーを感じたこともあります。そんな時、友人に「自分の色を出して自分なりのやり方でやればいいじゃん」と背中を叩かれ、
押され、かなり気持ちが楽になりました。
 【楽しく活動】をモットーに、今年らしい広報紙を4回発行することができたのは、1年間一緒に頑張ろうと広報委員をこころよく引き受けてくれ
た仲間がいたからこそです。広報委員にしか味わえない、作ることの楽しさや発行できた時の喜びを、二度も経験できた私が言えることは「広
報紙作りって大変だけど楽しい!」です。大変だ。できるならやりたくない。と敬遠されがちな広報委員ですが、一人でも多くの方にこの楽しさと
喜びを味わってほしいと思います。   Sayaka


 楽しんで作ればきっと伝わる
 「いったい何を載せたらいいのだろう」と不安を抱きながら活動は始まりました。
 初号は、まず時間がありませんでした。武先生の広報づくり教室に参加させていただき、PTA広報としての役割を勘違いしていた事に気付か
されました。写真でごまかすのではなく、文章を増やして、PTAの活動スケジュールを載せ、もっと活動に参加してもらえるようにしたい。思うとこ
ろがたくさんありましたが、間に合いませんでした。
 次号は、企画記事「先生たちの学生時代の夏休みの過ごし方」を掲載し、PTA活動の紹介も盛り込みました。
 武先生からのよい企画ですというコメントが嬉しかったです。三号目は、部活動紹介等で写真、生徒名を入れたコメントを掲載するようにした
ため、保護者の方々に承諾をいただくのが大変でした。
 最終号は、企画記事「お小遣いアンケート」が、学校生活に関係ないプライベートな内容の調査のため、学校側の説得に時間がかかりました
が、最終的には協力が得られ、嬉しいと同時にほっとしました。
 1年間の活動を通して「PTA活動をしっかり紹介し、そのうえで読者の方々に興味を持っていただけそうな記事や題材を考え、誌面を通じてお
届けする」ということができて、本当に良かったです。
 「記事を書くって難しい」「伝えるのって難しい」と痛感させられることもあれば、「自分たちが楽しんで作ればきっと伝わる」と思えることもありま
した。   MIho


 『エコー」に刺激され、励まされ頑張りました           
 少しは学校のお役に立ちたいと思い引き受けた広報委員でした。この一年間の広報活動は自分にとってもかけがえのないものになりました。
 講習会で武先生から広報活動の大切さ・楽しさ教えていただき、やるならとことん関わっていきたいと思い委員長をやらせていただきました。
 学校へ足を運ぶ回数が増え、学校や子どもの様子をより近くで見ることができました。授業や運動会などに児童みんなが一生懸命に取り組む
光景、家では見せない少し大人びた我が子の姿などに子どもたちの成長を感じました。そんな時は「広報をやってよかった」と思ったのでした。
『エコー』に寄せられた他校の広報委員さんの言葉に刺激され励まされ、もっとPTAのよさを会員の皆さんに感じてもらえる紙面をつくりたい、頑
張ろうという気持ちになりました。
 活動を通して、地域の方々やボランティアさんとの出会い、つながりができたことが一番の収穫ではないかと思っています。子育ては家庭だけ
でなく、地域のみんなに支えてもらっていることを強く感じたのでした。私は、これからはボランティアとして地域とのつながりをさらに深め活動を
続けていきたいです。   Mihori


 一年間の活動が報われたような気がします       
 今年度、広報委員長でありながら、広報づくり教室に一度も参加できず、本当に失礼しました。仕事もPTA委員会活動も子どもの受験も一段
落し、ようやく日常的な生活が戻ってきました。我にかえると、あまりにも不義理をしていることが多すぎて、あたふたしています。
 発行した広報紙の一号一号に暖かく厳しいコメントをありがとうございました。武先生からいただいたコメントを励みに、改善点は、次の広報
紙に活かすよう活動してきました。最終号のチェックを終えて返ってきた封書の宛て名が、フルネームに書き直されているのを見た時、人との
繋がりを大切にされている武先生を思い出して、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。とにかく、やるべきことを精査し、事務的にこなさな
いと、どうにもならない状況であったのは確かですが、人としてどうかと問われたような気がしました。本当に申し訳ありませんでした。
 「年度最終号として十分な内容です。しっかりとした広報活動をした皆さんに拍手を送ります。」一年間のPTA活動をまとめた最終号に対する
武先生のコメントに、メンバーは全員感激しました。この言葉で、この一年間の活動が報われたような気がいたしました。ありがとうございました。
                                                                               Yoshiko



2016年3月7日更新

 広報紙作りに携わって、感じたことは今年度の我が校の年間テーマでもある『連携』です。この連携にこんなにも助けられたことはありません。
 広報委員会のない我が校にはとっては3年、2年、1年の各委員の連携が重要になりました。年間テーマに沿って各学年が内容を決め記事に
する。学校行事に関してはどこからどこまでは、といった線引きがはっきりしてないと次は進めないわけです。そして私が一番良かったと感じた
ことは、前号の担当者の話や記事内容をいち早く知ることが出来たことでした。
広報委員会のない我が校にとって致命的なのは、そこです。今回諸事情もあり縦の連携をさせてもらえたからここまで出来た。これを来年度以
降にも是非続けてしてもらいたい。横の繋がりだけではなく、縦の繋がり、もっと言うと先生との繋がりも大切だと感じました。今後は、単独会議
ではなく、他の学年をも巻き込んだ会議を開いて欲しいと願います。そうすることで、より良いアイディアと知恵が湧き、お互いが切磋琢磨し、さ
らにより良いものとなると感じました。それが『連携』であり、広報紙のあるべき姿なのかもしれません。  Miura 



2016年2月7日更新


 柴田智八郎

 動けることは幸せ

 介護付き有料老人ホームに入って三回目の正月を迎えました。昨年十一月心臓発作に襲われ「覚悟」しましたが、幸
せにも再び「こちら」に戻ることができ新年を迎えました。正月と言っても正月料理や催しがあるわけで葉ありません。
 殺風景な独房の中で動物園の猿の如くうろうろして一日が過ぎて行きます。九十三年は夢のよう、アツという間でした。
 視力が落ち細かい文字は読めず、耳は左だけが補聴器の力でかすかに聞える程度。本を読んでもすぐに放り出し、
テレビの画面も絵が動いて判断するだけ。
 物事が頭の中から抜け出すのが早くなりました。これでは《呆ける》と、時には格子無き牢獄を脱走。杖を引きながら
H駅にたどりつき、電車でO駅やF駅へ。街はにぎやかで生き返る気がします。一年に数回、宿泊外出します。群馬や伊
豆の山中の温泉に長男が連れていってくれます。幸せです。動けることは幸せですね。どうぞお元気でご活躍ください。 
                                                             柴田智八郎

 ひらつかガイドボランティア」の岡崎地区でのガイドは、11月22日で一応終了しました。ホッとした反面「こういうように説
明すればよかった」など、後悔することが多いガイドでした。勉強不足も感じました。さらに今後一歩ずつ勉強したいです。
 そのガイドをするにあたり、各寺院・施設にお願いを兼ねて挨拶まわりをしたのですが、あるお寺の住職さんに叱られま
した。「うちの敷地内や門前では一切ガイドをしてくれるな。以前来たグループがハンドマイクでがんがん説明をしていた。
お寺は檀家さんが祖先を敬う神聖な領域だ」等…かなりの剣幕でした。
 そのため、私たちは気をつかいながら説明をしていると、住職の奥様が「いいですよ。中に入ってください」とお声をかけ
てくださいました。ボランティアとはいえ、周りの事も考えたガイドをしなければと改めて思いました。    佐藤  榮

 
 あっという間に立春を迎えることになりました。大変ご無沙汰しております。その説はいろいろお助けいただき有難うござ
いました。未だに気持ちの整理ができないまま半年を過ごしてしまいました。
 衣食住、そこにまつわる喜怒哀楽を共有してきた者がいなくなることは大変なことだと実感しております。時を待ちながら、
自分を失わないように日々を送ろうと思っておりります。
 今年は申年。日光の「見ざる・聴かざる・言わざるJを思い出します。でも、今年の申年は「見よう・聴こう・言おう」と前向
きにすすみたいです。ということで、ECHOのモサトーは大好きです。「見よう・聴こう・言おう」に似たところがたくさんありま
すので。
 暖かくなりましたら河童堂にぜひお寄りください。「関山河童堂だより」29号をお届けいたします。読んでいただけたら嬉し
いです。 寒さは続くようです。くれぐれもご自愛の程を。   関山河童堂・堂守  美智子


 「生きている」ことが分かり合えるだけでも価値がある
 『ECHO』328号、有り難うございます。今回もたくさん学ばせていただきました。
 年賀状についての暮れの新聞投書、私も読んで、武さんと同じような感想を持ちました。どんな年賀状も、「生きている」
ことが分かり合えるだけでも価値があると思っています。
 どうも最近の年寄りって(いや、昔からそうかもしれませんが)、短気で、頑なで、意固地で、自己中な人が少なくないよう
で、自分自身すでに充分年寄りですが、「ああはなりたくないな」と思わずにいられない場面によく遭遇します。電車の中で
も、年寄りにはあまり近づかないようにしていますが、女房からは、「アンタ、最近怒りっぽくなったわね。昔はそんなじゃな
かった」なんて言われます。「人の振り見て我が振り直せ」自戒の日々です。
 秦野の民俗行事・ダンゴ焼き・道祖神・民話等の授業の様子と子供たちの感想、いいですね。地域文化の後継者が育ち
ますね。スゴイことだと思います。   吉成 勝好


 ポストに自分宛の手紙が入っていると嬉しい
エコー328号ありがとうございました。「1月2日 年賀状は嬉しい」を読ませて頂いて、実家の母にも読んでもらおうかと思い
ました。いつも、「もう今年は出すのをやめようかしら…」といいながら、毎年同じ人から来る年賀状に、ほとんど返事を出す
母です。今年は、年賀状を早めに書くように、勧めてみようと思っています。
 それから、頂いたエコーの封筒に張ってあった切手が、記念切手だったので特に切手に興味がある子どもたちではない
のですが、「すごいね」と感激していました。
 そういえば、手紙なんてほとんど書かないなぁ…と。これをきっかけに、少し手紙を出すのを進めてみようかと思っています。
ポストに自分宛の手紙が入っていると、やはり嬉しいです。ありがとうございました。
 時々、剣道を習っている娘の付き添いで、早朝、夜の寒さに震えています。寒さ厳しくなっておりますので、どうぞお体にお
気をつけ下さい。    YUmi


 明けましておめでとうございます。新しい年を迎え先生はいかがお過ごしでしょうか。
 昨年の広報クリニックでは、私たちの第三号についてアドバイスをたくさん下さり、とても感謝しております。
 クリニックでの「新聞・広報とは」という事をいつも頭におき、各学校の広報なども参考にし、なおかつ今年の年間テーマ
『連携』をどう広げ、何を伝えなくてはいけないのかと、あれこれ考え編集作業を進めています。
 私たち広報が言う『連携』とは、子どものために保護者(家庭)がいろいろな行事を通して学校や地域と繋がることです。そ
れをどのように伝えたらよいのかを考えました。その一つとして、懇談会の出席率の低さを改善できないか? どうしたら一
人でも多<の方に参加してもらえるか? 都合が悪く参加できなかった方にも、この懇談会の内容を伝えられないか? そ
んなことを考え、毎週のように企画会議を開いてきました。
 今、進んでいる編集中の紙面をお届けします。できましたらご意見、ご指導をお願いいたします。    Miura


 いつも『エコー』をお送り頂きありがとうございます。PTA広報の全国コンクールで「優秀賞」をいただいて15年が経ちました。
その時の経験を、高校のP広報委員、自治会報の編集、高校の同窓会事務局で会報作りにと活かすことができました。先
生、今年もお元気で新聞作りの仲間をサポートしてあげて下さい。   Nakayama


 新しい年迎え、新たな気持ちで活動してまいりたいと思います。本年もどうぞご指導をよろしくお願い致します。さて、本年
度第3号になります『M』72号をお届けいたします。
 この号のメインは「学校再発見」です。広報委員になって校内を取材しているうちに、今まで気づかなかった「ステキ」をたく
さん発見できたことがきっかけです。子どもたちにも、自分の学校のすばらしいところを改めて発見し楽しい学校生活を送っ
てくれたら、そんな願いがこの企画になりました。 
 この号の作成にはパソコンの得意な委員が都合で参加できなくなり、一時は業者にお願いしようと言う話も出ました。でも、
「できるところまでは自分たちで」とみんなで少しずつ作業をし、思った以上の仕上がりになりました。委員会のチームワーク
の見事さを実感でき、嬉しかったです。    Daishi




2016年1月1日更新











2015年12月7日更新

「三陸新報」 『萬有流転』欄(2015年10月11日)  サンマ  (マンスリーエッセイ・11月7日更新のページ参照)
 9日、10日と気仙沼港にサンマの水揚げはなかった。例年なら毎日揚がっていても不思議ではない時期である▼昼食
に「サンマづくし定食」を頂いた。サンマの出汁で煮た野菜、サンマの煮物にサンマサラダ、サンマのなめろうに吸い物、
焼サンマ井などのメニューである。神奈川からの客人白く「東京なら夜のコースメニュー、気軽な店でも7千円ぐらいはす
る」と▼サンマを送った知人からお礼の手紙が届いた「『脂が尭っていておいしい』月並みですが、お礼の言葉はこの言
葉に尽きる」と善かれていた。その夜、丸ごと、ハラワタは抜かないまま焼いてもらったという。「厳しい環境の中で食卓に
魚を届けてくれる漁師さんに感謝」とも▼「今年は小型ばかりで煮物をパックするのにシールに記載されたグラム数に合わ
せるのが大変。例年は計らなくてもオーバーする大きさだった」とは、鮮魚店での会話。さまざまな苦労があるのだと教えら
れる▼長く水産業を生業にしてきた気仙沼港。豊富な魚があることを、当たり前のように思ってきたが、自然界も変化して
いる。五味太郎さんの詩「正しい魚の食べ方」を読むと、食する方も心して味わわなければと思う。


袋の耐用年数は3年
 汚染水漏れや放射性廃棄物の浜通りへの運び入れのことなど、新聞に載らない日は無いのですが、県民でさえあの
事故への意識は少しずつ薄らいできています。私が住んでいるところは今でも0.17マイクロシーベルトです。 今年も近
くのJAでは米の全袋検査をしています。自家用でも検査をしないと食べることができません。林や森は除染していない
ので、山菜やきのこは線量が高くて店にはんでいません。
 娘の住む市内安達町では10月に庭に埋めておいた汚染物を掘り出し別の場所に持って入ったようです。我が家はま
だですが、袋の耐用年数は3年と聞いています、いつ掘り出してくれるのかわかりません。
 二本松の菊人形展を訪れる観光客は相変わらず少ないようです。   二本松市 Sayuri
 
    (Sayuriさんは東中次代の教え子です。「きぼうの種ひまわり」が同封されていました)


 「なぜ?」が次の「なぜ?」につながるおもしろさ
 「エコー」ありがとうございます。中学生の感想や壁新聞作りのことなど読ませていただいて、いろいろなことに「なぜだ
ろう」と興味・関心をもつことは大切なことだなあ、とあらためて思いました。
 学生時代、授業中に、先生から「なぜだろう?」と問いかけられても、「指されないように」と思うくらいで、「なぜ」につい
て本気で考えようとはしませんでした。でも、あるとき、ある事を「なぜだろう?」と不思議に思い、いろいろ調べていくうち
に、一つの「なぜ?」の答えが、次の「なぜ」に繋がっていき、調べることがおもしろくなったのでした。
 子どもたちは武先生の話からいろいろな事を身近に感じ、そして興味を持ち、もっと知ろうと努力したたのではないでし
ょうか。そしてそれは楽しい事だったでしょう。私も気になることについて、調べることを怠らない生活をしたいと思います。  
                                                                 Aya

 お互いの考えを尊重し より良い紙面づくりを
 今、「PTAの改革」が行われています。今号ではその改革についての特集を載せるつもりでした。「改革が進行中」と言
っても、実際にはいろいろな意見を集め、まとめている段階なので、「PTAについて考えてみよう」という内容です。
 ところが、その記事について本部と学校のOKがなかなかもらえませんでした。それて、記事の一つ一つを本部の意見
を入れながら書くという形で進めてきましたが、最終段階で「やはり今の時点でのこの特集は止めてほしい」と告げられた
のです。それでやむを得ず、そのスペースを運動会の記事に変えました。
 今号の発行では、人が集まれば、そこにははさまざまな考え・意見がある、だから一つの結論を導き出すことは容易で
はないと思いました。「伝えることの難しさ」も学びました。広報委員のメンバーは意見を積極的に出してくれます。お互い
の考えを尊重し、より良い紙面づくりをこれからも目指していきます。  石堂

 SODATERU
 勤務する学校にはOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)という研修があります。先輩が後輩(若手)に仕事のテクニックや
コツを教えるというシステムで、定期的に校内で行われます。
 私が駆け出しの頃は、先輩から自然に学ぶようになっていたと思いますが、今は、時間を設定して《会しない》と学べない
という、なんとも〈貧しい〉時代になっています。講師側の一人として「進路指導」を担当し、二十代の五名の先生方に「進路」
「キャリア教育」「進学指導」について話しました。
 新採用の頃、武先生から聞いた「《育てる》をローマ字で表記し、最初の〈S〉をはずすと《ODATERU》になる」という話を
しました。 
改めて二十代の頃の自分を振り返ってみたとき、先輩の先生方の「ODATERU」指導で、育てられ(SODATERARE)た
のだなあと思ったのです。   俊雄


2015年11月7日更新

 壁新聞づくり 親子で活動できた喜びが満ちていますね
 『エコー』324号拝読。 毎年恒例の壁新聞づくり。今年は戦後70年目、とりあげる題材もその年を象復するものになって
いるようですね。その壁新聞づくりの感想。好評ですね。親子で一緒に活動できた喜びが満ちています。今では親子一緒
に何かをするという機会も減っていることでしょう。新聞づくりがそういう場になるなら、もっともっと“拡散”(最近知った言葉
です)した方がいいですね。調べたものを新聞形式にまとめることの創造力を導き出してくれます。
 「凹凸館」=久保田館。テレビの‘珍百景’に投稿されてはいかがかと。
 「返ってきたエコー」の仲さん。75歳を超えられた方が、180㌢舵の脚立に乗って作業される時点でお若い。私は高所恐
怖症なので、はしごを上るとかいう作業は遠慮しています。
 7年間もPTA広報の担当に手をあげられた小泉ふみ代さんに乾杯。  Masmi


 学んだことを職場のお便り作りに活かしています
 いつもエコー、ありがとうございます。楽しみにしています。相変わらず広報紙づくり講座でお忙しいですね。今、同じ職
場の人が、小学校の広報委員をしていまして、「稲刈りの取材をしてきた」とか「運動会の写真撮りで筋肉痛」などと、話を
聞くたび懐かしく(私も運動会の記事を担当したこともあったので)“役得”はあったものの{大変だった}と思いかえしてお
ります。今は、職場のお便り作りに、先生に教えていただいたことをいかし、精一杯の力?を出しています。   Mayu 


 私 噴火しそう !
 きょう、学校と本部から「データの持ち帰りは駄目」と連絡がありました。これで自宅制作ができないことになり、従来通り
印刷業者に制作から印刷まで発注することになりました。 何だか「私は田植え機を持っているから自分が休みの日にぜ
んぶ植えておくよ」と言っているのに、それは駄目、会社を休んで平日に皆で手で植えて下さいと言われているような、や
るせない気持ちです。
 PTA広報誌は本来PTA活動について知らせたり問題意識を持ってもらうためのものだから、学校行事や部活紹介ばか
りでなくPTAについての記事も載せたい」と提案しても、手間がかかるのと、PTA批判みたいになる恐れから、と広報委員
の理解を得られず、PTA活動の記事は一切ありません。会費の約1/3という莫大な金額を費やして発行するPTA広報誌に、
載るべき記事は書けず、自分で制作して制作費を抑えようとしても駄目と言われ…、そんなものを会社を休んでまで作る
かと思うと虚しくなってきます。これはPTA活動・降雨委員会の正常な姿なのでしょうか? こんなことを思っている私は、い
ったいどのように納得すればよいのでしょうか。阿蘇山が噴火しましたが、私も噴火しそうです。何だか愚痴になりましたが、
その後の報告をさせて頂きました。  Megu


 顔と割烹着は“ツルツル”の“ガビガビ”
 11月 晩秋の色が濃くなってきた北上です。今年の柿をお届けいました。ご試食ください。今年は10月後半が低温続きの
ため赤くなり始めは早かったのに、渋抜きを始めたらなかなか抜けず時間がかかってしまいました。そのためちょっとやわ
らかになり過ぎかもしれません。
 こちらは毎週末どこかで収穫祭が行われています。10月31日・11月1日、北上の隣りの金崎町にある県立農業大学校で
文化祭があり、餅つきお手伝いに二日間行ってきました。一日中立ち仕事で疲れました。飛び散る餅つきの手合わせで顔
と白い割烹着は糊付けされたようにツルツルのガビガビでした。でも元気な若者たちからパワーを頂き、よかったです。今
年で三年目のお手伝いでした。
 これから寒くなります。柿でビタミンCを摂り、風邪など召されませぬように。今日はこの辺で。   Tomoko



2015年10月7日更新
 中学生の感想文に感銘
 『EHO』 毎号楽しく拝読いたしております。
 6月25日に開催された東中学校1学年の「総合の時間」が一般公開授業ということで、武先生の講義「古道・大山道(坂本
通・蓑毛通)を歩く」を聴かせていただきました。私も以前「古道・大山道」を歩いたことがあったので、復習のつもりで参加し
ました。
 当日は地域の十数人を含め、130人ほどが話を聞きました。ふざけたり、私語をしたりと、授業態度はあまりよくない生徒も
いて、残念に思っておりました。ところが『ECHO』323号の「生徒の感想」を読み、驚きました。
 校歌の歌詞の意味を知り、歌い方が変わった、樹齢200年のイチョウの話がよかった、今日学んだことを次の世代に引き
継ぎたい、自分の住む東地区はすごい、など、大勢の生徒が、地域ついてさまざまな頼もしい感想を寄せていました。私はそ
れらを読み、生徒たちを見直し、授業態度がよくないと思ったこと反省しました。
 武先生がいつも言われている「ふるさとを知り」「ふるさとを愛し」「ふるさとを育てる」ことがいかに大事であるかを私自身強
く感じ、感銘を受けた授業でした。次回の「地名について」の授業も楽しみです。   Koizumi

 Echo 323号 ありがとうございました。祖の中の東中学校の生徒さんの「地域学習」の授業はとても興味深く感じました。『ふ
るさとを知り ふるさとを愛し ふるさとを育てる』素敵です。私も授業を受けてみたいと思いました。私のように他所から嫁いて
きたり、移り住んだ人たちには、子どもと一緒に地域について学べるなんて羨ましいです。又生徒さんたちの感想の中で齋藤
さんのコメントがすばらしく、思わず苦笑しました。   Tomoko 

 反省しきり
 「梅の実が欲しい」という方に上げようと、6尺の脚立で作業をしていました。すると、突然脚立が倒れそうになり飛び降りま
した。足は大丈夫だったのですが、その後、脚立が私に倒れかかり左肩から背中を打撲。腕が痛くて車の運転はできず、通
院は息子に頼み、コンビニ弁当、もちろん字は書けない。手が動かないのはこんなにも不便なことかと身にしみて感じました。
 後期高齢者なのだから、そのことをしっかり受け止めなけりゃ、と家族や妹に散々言われてしまいました。反省しきり、ただ
「気をつけます」と言うだけです。ようやく先生にお手紙を書けるようになり、嬉しいです。   Naka          

 我が家の楽しみ ユウガオの開花
 秋の気配があまり感じられない日々にまいっています。そんな中で毎日の楽しみは、先生から頂いたユウガオの開花です。
午後三時ごろから白い長い蕾が首を伸ばし始め、夕方までに蕾の先を少し開いて「みなさん 私をご覧ください」と話しかけて
くるようです。今日の四つの蕾が誇らしげに首をもたげています。 毎年わが家に《楽しみ》を運んできてくださりありがとうござ
います。   Kawana

 

2015年9月7日更新


夕 顔
夕顔の花を残して暮れにけり     北井 古石


 「エコー」323号の、「つじ」のお話、感動いたしました。私の周りの家にはそのような風習はなく、同居の祖母(80代)が、
ダムになる前の丹沢地区に居たときのことを聞いてみましたが、やはり各家庭でしか行わないとのこと。人と人の繋が
りが感じられる、すてきな風習ですね。  佐藤 浩身

 昨年「砂糖新聞」を作った娘は、今年小学生最後の夏休みでした。もう中学生になりますし、思うように過ごさせよう!
親があれこれ言わず、宿題など本人のペースにまかせよう!の結果…やはり思った通り夏休み最終日の今日、ポスタ
ーを書いています。はずかしながら、私も同じだったのでなつかしかったりもするのですが…。
その他に、自由研究も宿題としてでていました。娘は、剣道をしており、毎年、東田原の実朝まつりの少年剣道に参加し
ています。その繋がりで、鎌倉の八幡宮など見学に行きました。娘と、わりと歴史に詳しい主人がいきましたが、何とな
く観光気分で帰ってきました。私も、パソコンで、実朝まつりについて検索していましたら、あるHPに「武先生の『エコー』の
『秦野のおはなし』を参考にした」として武先生のお名前がのっていて驚きました。本当にご活躍されているんですね。私も
がんばります!!  季節の変わり目、気温差が激しくなりますのでどうぞお体にお気をつけください。   齋藤 由美

 「カベ新聞つくりの講座」で聞いた お盆のお話 
 いつもは何気なくお参りしていた実家のお盆も「これって先生が話してくれた、馬と牛だね。」とおじいちゃんおばあちゃん
に、聞いた話を得意げに話をしていました。ありがとうございました。来年も参加したいと次男が言っています。楽しみにし
ています。  相田志津枝


2015年8月7日更新
           

                    
                            アサガオ  2015年夏

   今年もラジオ体操を

  毎日うだるような暑さが続いておりますがいかがお過ごしでしょうか。長い夏休みが始まり、ようやく8月に入りました。
 今年も恒例の? 朝のラジオ体操をしています。毎年一緒に行っている近所の子から、「今年もラジオ体操やりたい!」
と夏休み前から言われていましたが、ラジオ体操を一番やりたがっていたのはどうやらウチの子だったようです(笑)。
 「お母さん、今年もラジオ体操やりたいみたいだけど、本当にくるのかなあ?」「明日から夏休みだけど、どうするのかな
あ?」と長男。「心配なら聞いておいで」の私の言葉を待っていたかのようにすぐに聞きに行き、「お母さん、やるって!」
と嬉しそうな顔で帰ってきました。その割には、毎朝眠い目をこすりながらやっと起きての参加。しかし、体操後の「遊び」
にはスイッチが入り、小1と小2の子を相手に鬼ごっこやらプロレスごっこやらで大興奮!!。その子たちに、小さい頃か
らなぜか好かれている長男。楽しみにしていたのはラジオ体操ではなく、体操後の「お楽しみ」のようです(汗)。なにはと
もあれ、毎日元気な朝を迎過ごしています(ご近所迷惑になっていないか心配ですが…)。
暑くてついついビールに手が伸びることが増えてしまいそうですが、なんでもほどほどに…。自愛ください。  
                                                           安田 奈々

 
 暑い日が続いておりますがいかがお過ごしでしょうか。また夏休みがやってきました。今年も夏休み直前に第2号を発
行できました。「夏休み」という言葉が頭をかすめるだけでもよいと思い、生徒たちにアンケートをお願いしました。生徒た
ちは「夏休みを楽しもう!」と、夏休みに期待している回答。「どうぞ事故だけは無いように」と祈るような私たちです。
 前年度の『笹生』が都中学校PTA協議会の広報紙コンクールで「最優秀賞」を受賞! 七年にわたって武先生にご指
導頂いたお陰です。本当に感謝いたしております。
 これからも、「みんなで話し合って、たくさんの声を集めた広報紙」に徹しようと思っています。PTAにいられるのもあと1
年半。最後まで広報? かどうかは不明ですが、広報づくりの今を楽しみます。          小泉ふみ代
 
 武注:小泉さんは毎日新聞社で開かれた私の講座に参加され、以降7年間、ずっと小・中学校のPTA広報づくりに関
     わっています。



2015年7月7日更新

 広報委員をやってよかった
  「ECHO} 320号 ありがとうございます。26年度の広報委員だったから「祝320号」とお祝いを述べる
ことが出来たのかなあと、今はもう広報づくりを懐かしく思っています。
 ウチの学校では「一子一回委員をする」となっていてます。委員決めのときは、広報委員はなり手が
無いのが現実です。楽しく活動をしている姿を見せていないからですね。私達の活動は、他の人にどの
ように見えたのでしょうか。
 最後の号に載せた「広報委員を終えた今思うこと」を読み、誰もが最後には広報委員をやってよかっ
たという思いになっていること―私自身も同じ思いです。               久美
 

 企画がもう私の頭の中を駆け巡っている
 私たちと同じ「お母さんたち」が作った広報紙を教科書に教えていただき、理解しやすかったです。こ
れからの広報紙づくりに活用したいと思うヒントをたくさんいただきました。それを活かした企画がもう私
の頭の中を駆け巡っています。                             千穂

 
 楽しく活動することが 読んでもらえる広報紙につながる
 5月15日の広報技術講習会に参加させていただきました。その時には、今年度一号めの第159号の編
集作業中だったのですが、お話にあったような昨年度のコピー型や、だった広報紙とならないよう、みん
なでレイアウトを再度考えたりしてみました。そして6月5日無事に発行することができました。お忙しいと
ころ恐縮ですが、目を通していただけたらと思います。よろしくお願いいたします。
<1面>
・会長のあいさつ文は、読みやすいように見出しをつけ、見やすいように余白をつくりました。
・本部写真は、例年校舎前が多いので、上小ならではの土俵と、上地区から見える山や自然をバックに
 上小らしさのあるものにしました。
<2面、3面>
・1年生の写真も校舎前でなく、クラスイメージのある場所でとりました。
・先生の紹介は“もっと先生の事が知りたい”ということで、全先生方に座右の銘と小学校の時に流行っ
た遊びを聞きました。遊びのことでは、ドッジボールを小学校のときにやっていた先生が多く、うちの子ど
もたちも「先生たちもドッジボール好きだったんだね」と話したり、「この遊びは何だろう」など興味を持って
みていました。
<4面>
・涙いっぱいの離任式でしたが、子どもたちや先生の笑顔も印象的でしたので、次に向けて笑顔で送り出
す写真を選びました。
 全体を通し、上小らしいアットホームなものをイメージし、背景の色も写真や字を引きたてるようなものを
何度も選びなおしました。プリンターが壊れてしまったり、容量の問題なのかパソコン画面が消えてしまっ
たりしましたが、ドキドキハラハラしながら無事に完成させることができました。みなさんに見てもらえる「か
け橋」となれるような広報紙を目指して、頑張っていきたいと思います。委員が楽しく活動することが、読ん
でもらえる楽しい広報紙につながると思いますので、 みんなで楽しく1年間活動していきます。次号第160
号は、相撲大会や夏休みの過ごし方などを取り上げ、夏休み前に発行する予定です。 
                                                    



2015年6月1日更新

「echo」 創刊 満30年・321号 
 5月で『echo』は31年目に入りました。今までのご支援、本当にありがとうございました。

「エコー」の読者・北海道の美香さんから応援の葉書がとどきました。

 「ポンノ シニアン ロ 」 (アイヌ語) で  Let's take a break
お嬢さんの友歌さん(小6)の葉書には  「エイワンケ ヤ?」  How are you? と書かれています。


 こんなメッセージも頂きました。

                Kazuko

「動かなければ出会えない」

 『三陸新報』社長   朝倉 眞理 様
        専務   渡邉 眞紀 様
 本当にお世話になりました。「人生の総仕上げ」と言えるほどの感慨深い気仙沼行になりました。朝倉社長様、渡邉専務様のお心遣いに
心からお礼を申し上げます。『大政』の「ふかひれのにぎり」を味わってしまったため、あれ以降寿司を食するのが怖くなりました。
 本日、秦野のお母さんたちのメッセージが掲載されている『新報』が届きました。15日にお渡しいたします。驚き、感激することでしょう。貴
社刊行の気仙沼の「魚」など4冊、特に「漁船」の本は私をますます気仙沼ファンにさせました。
 送っていただいた安波山での記念写真を見ながら、進められている「嵩上げ」に、これから要する歳月を思い、そこに暮らしていらっしゃる
皆さんに思いを馳せらずにはいられませんでした。
 30日は朝一番で宝鏡寺を訪ねました。我が家の檀那寺・円通寺の住職は宝鏡寺の住職とお付き合いがあるのだそうで、「気仙沼に行く」
と言ったら「お参りしなさい」と言われたからです。茅葺の楼門は「県下随一」。副住職さんに寺内を案内していただきました。菊地住職さんか
ら、私の訪問について電話があったと円通寺から連絡がありました。
 その日の宿は「たざわこ芸術村・ゆぽぽ」。駐車場で湘南ナンバーのキャンピングカーを発見。懐かしくて? 思わず「平塚ですか」と声を
かけたのです。なんと秦野市東田原にお住まいのご夫妻でした。話していくうちに、我が家から200㍍ほどのところで日曜農園を楽しんでいる、
真っ赤な外車の方と判明。《世の中 狭い》とつくづく思いました。
 予約しておいた夕食の席を探すと、掲げられていた名札は「武市様御席」。「エッ間違えられた」と思いました。すると「武市様」の隣りに「武
様」の札。アルコールが入ると元気になる私、「武で繋がるのもご縁」と話かけました。武市様一行は、仙北市に住む75歳の同級生で、男性4
人は、埼玉・入間市から参加の武市さん・元企業人、歌人、陶芸家、民謡の先生と多士済々。3人の女性陣からは「いぶりがっこ」の講義を受
けました。 私は昨夜いただいた気仙沼の「ふかひれ」の話をしたのですが、うまく説明は出来ませんでした。武市、藤原姓の由緒も聞かされ
ました。それでこちらは、実朝公御首と武常晴の話をしました。
 キャンピングカーのご夫妻が私たちの席に挨拶にみえ、しばらく旅の話(竜飛岬から弘前、きょうは角館)を聞かせてもらいました。新潟経由
で秦野に帰るのは数日後のようでした。

 宮城・秋田でも〈道祖神の里めぐり〉を敢行
 講演が終わってからは「道祖神の里めぐり」をしました。一関市の金烏神社では、あるはずの道祖神は見つかりませんでした。気仙沼市で
2基(金精様)、仙北市の2基と大仙市の11基は人形道祖神でした。道祖神の在り処を尋ね歩く中で地元の方と楽しい語らいもできました。
 秋田空港を15時45分に離陸、秦野には18時過ぎに着きました。帰って夕食の支度は大変ということで、『万葉の湯』で風呂と食事を済ませ
たのですが、湯船に浸かっていた私に「秦野にはこんな温泉がいくつかあるんですか」と話かけてきた人がいました。その人は、連休なので
息子が呼んでくれたから、とうれしそうでした。山形・天童の人でした。4回ほど尾花沢に友人を訪ねているし、学校新聞の盛んな庄内地方に
も数度足を運んでいるので、話は盛り上がりました。
 お休み処で食事をしていたら、65歳の教え子がコーヒーカップを手に近づいてきました。庭師で今も現役。仕事の勲章である切り傷の跡な
どを見せるのでした。この旅ほど「動かなければ出会えない」を実感したことはありませんでした。


 武先生のいらっしゃるところ、人あり、人生ありですね。確かに外に出れば出会いがあり、繋がりが生まれます。
 今回の気仙沼での先生ご一家との出会いは、私たちにも、新たな楽しい出会いをもたらしてくれました。気仙沼出身でも、お会いしたことの
ない渡辺知子さんとの素敵な出会いの場ともなりました。今後もお付き合いを深めていきたいと思っています。
 震災は多くの人たちの生活はもちろん、人生観を変えさせる出来事でした。しかし、あの日がなければ、先生との出会いはありませんでした。
被災地の多くの人たちは、たくさんの新たな出会いに感謝しているとおもいます。中には、立ち上がれない方々もたくさんおりますし、街が再
生した時の怖さも思いますが、人と人の出会いにこれほど感謝したこともありませんし、嬉しい出来事もありませんでした。一生のお付き合い
するだろう友人が 、数多く誕生したのも震災があったことからでした。
 震災後、特に「やりたいことはしよう、会える時には会おう、頼まれたらできるだけのことをしよう」という気持ちになりました。周りに迷惑をか
けることもありますが、人生は短いです。       渡邉 眞紀


 『ECHO』第321号、拝受いたしました。30年!!! スゴいことですね。心より「お目出度うございます」とお祝いを申し上げます。
 毎月、封書が届くたび、「今度の号では、どんな情報、どんな話を聞かせていただけるだろうか」と、期待感で一杯になります。そして、その期
待が裏切られることはありません。321号も、三陸新報社でのPTA広報紙づくり講座についての諸々、そして秦野の広報委員のお母さん方の
メッセージ、感動しました。
 次号、「気仙沼への旅」のエピソード、大いに期待しています。猛暑の予報、お身体くれぐれもご自愛の上、お過ごしくださいますよう!
   2015.5.27    吉成 勝好

                         
                          高橋雅子(絵)・湯川すえ子・三平道子

 PTA広報を携われた方々の熱いメッセージにも圧倒されました
  風薫る五月という言葉がピッタリな月の入りとなりました。こいのぼりが元気に泳ぐ姿が多く見られるようになりました。武先生もこのこいのぼり
のように、PTA広報委員さんの熱い風を求めて泳いで(?)いられることとお察しします。
 エコー第320号をありがとうございました。新年度に向けて、それぞれの熱い熱い思いが伝わるような内容ばかりで、読んでいた私までもが熱く
なってしまうほどでした。 PTA広報を携われた方々の熱いメッセージにも圧倒されました。私も「武マジック」にかかった一人ですが(笑)、あの頃
以上の熱気が伝わります。
 広報の在り方は今も変わりはありませんが、掲載の紙面の工夫は年々少しずつ変わっているように感じます。引き継がれたものをただまねるだ
けでなく、進歩発展できていることに感心させられます。今年の広報委員さんには、どんな武マジックをかけられるのでしょうか?
 今年も、朝の見守りを続けています。貫太朗が今年中2なので8年目になります。民生委員の活動や仕事の都合などで毎朝立つことが難しくなり
ましたが、できる範囲でやっております。毎日同じ時間での子供たちとのふれあいとはいえ、日々成長する子供たちとの付き合い方を常に模索して
います。毎日ハイタッチをしてくれる子、毎朝決まって「今何時?」と時間を聞く子、「歯がグラグラだから学校で取れちゃうかも」なんて話してくれる子
もいます。
 ついこの前までなついていた子が急によそよそしくなったり、声をかけても知らぬふりをする子もいます。成長の仕方はそれぞれなので、声掛けも
一人一人になるべく合わせるように心がけています。ただ、いけないことをしたときはどの子も同じような態度で接していますが。
 今年は、長女と次女のW受験も控えています。一緒にがんばっていきたいと思います。    安 奈


 2015年4月1日更新

 どうぞご自愛を
こんにちは。4年程前、先生にご指導いただきましたS市M小広報のKと申します。いよいよ明日、子どもが卒業式です。
いやいや引き受けた広報委員でしたが、あの時武先生にお会いできたことは本当にラッキーなことでした。心より感謝申し上げます。  
本部と闘って(?)広報づくりを少しでもやりやすくしようと動いた私達の代でしたが、どうやらその後も、本部の人が変わっても、変わ
らないことも多いようです。
 新年度から、広報委員を廃止し、本部が広報誌を作るそうです。残念ではありますが、せっかく書いた原稿が何の連絡もなく、全く
別の原稿に変わって紙面に載るなんてこともあったようで、嫌な思いをする人が減るのは良いことかとも思います。
「諸行無常」変わらないものなんてないと思いつつ、思い出は大切に、進んで行かねばならないなと思いました。
 中学で広報をやるかはわかりませんが、もし引き受けたとしても、少しはスムースに進められるかもしれないと希望も持っています。
大変な思いをしながら広報づくりをしているお母さん方には、なくてはならない存在の武先生です。どうぞご自愛ください。感謝をこめて。  
                                                                          K.M

 もう一度広報づくりに携わりたいと思ったりして
 今年度最終号をお届けします。この号は六年生の卒業のお祝いだけでなく、在校生の進級についても取り上げようと全児童に「どん
なことが楽しかったか」を聞いてみました。この記事が親子の楽しい会話のきっかけになればと思ったからです。もう一つこだわった記
事は「決算総会」です。2月入稿の予定でしたが、広報紙の役割を考えたとき、総会のことは載せたいと強く思いました。「出席者を増
やす」記事までにはなりませんでしたが、現状だけは伝えようと写真を載せ、出席率を見出しにしました。そして総会の翌日「入稿」とい
う《離れ業》をやってのけました。
 全4号を通じて一枚の写真にこだわりました。それは、181号の入学式の写真を褒めていただことがきっかけです。とても嬉しく、みん
なにヤル気が出たのでした。
 PTA広報紙の役割や作り方が少しわかってきた今、年度当初号を見ると恥ずかしく、作り直したい気持ちです。忙しかった広報委員
会の活動でしたが、今は終わってしまった寂しさでいっぱいです。いつか、近いうちに、もう一度広報づくりに携わりたいと思ったりしてい
ます。  E.Nakashima

                                                                         
 学び、発見し、感じた事を伝えた『はまゆう』                                 
 今年度の浜須賀小広報委員会活動方針は、『FUN・SEE・広報』①PTA活動を楽しく、わかりやすく見せ、会員の意識向上を図る。
②親の目線から教育現場を取材することで、学校教育への理解を深める。③会員の方に楽しんで読んでいただける、質の高い広報
誌を目指す。この三点を目標に掲げました。
 まずは、運動会前に先生の顔と名前が一致するよう、一号「PTA・教職員紹介特集」を五月に発行。二号「運動会特集」においては、
感動が色褪せないうちにと七月に発行し、情報の『旬』を意識した広報誌作りに努めました。また、運動会の舞台裏で活躍するPTAを
クローズアップ。九月に発行された号外「誰もが関わりやすく進化するPTA」では、現役員の座談会を掲載。十二月の三号、三月の四
号においても、子ども達の記事だけでなく、PTA活動を大きく取り上げ、『見える化』を図る事で、次年度役員の推薦活動に大きく貢献す
る事が出来ました。
 実は昨年度、「はまゆう」の制作方針が変わり、更なる一歩としての今年度は、すべてが手探り状態からのスタートでした。そのような
状況で、私達自身が、親として学び、発見し、感じた事を伝えたいという素直な気持ちが、今年度の「はまゆう」を作り上げたのだと思い
ます。嵐のような一年でしたが、大きな達成感と何より楽しんだというのが、正直な気持ちです。最後になりましたが、一緒に頑張ってき
た仲間達、先生方、ご指導頂いた武勝美先生、先輩方に心より感謝致します。  K.A


 広報委員が「やってみたい!」と思える企画を
 昨年2月、私は広報委員長となりました。その重責に押しつぶされそうでしたが、前に進まなければなりませんでした。進め方がわから
ず、不安に駆られていたのは他の16名の広報委員も同じでした。過去の「南の風」や、他校の広報紙を読み込み、今年度の方向性を探
っていきました。
 まず、広報委員自身が「やってみたい!」と思える記事を企画し、担当していくことにしました。そのため、保護者が日頃から知りたいと
思っている情報や、知っておいてほしい情報を、日頃から意識して会話やニュースの中から得るよう心がけました。
 例えば「○○委員会はどのくらい仕事を休んで参加しなくてはならないのか」という不安を持つ保護者が多かったので、各委員会に協力
をしてもらい、実際に集まる回数や負担軽減のための分担についてなど、詳しくお知らせすることにしました。
 広報委員も仕事を持っている委員が多いので、平日の企画・編集会議に参加できなければ、自宅のPCでできるレイアウトを担当しても
らい、全員参加で「南の風」を作り上げてきました。
 私自身、ぜひ知っておいてほしいAEDの記事を担当し、運動会では土埃の中写真撮影をし、と思い返せば最も子供達と共に過ごせた
一年でした。  岩﨑智恵子

 2015年3月1日更新


 元禄雛形道祖神(元禄5・1692年)がこの川の上流に立つ 高崎市権田
野田広明さんが送ってくれた絵葉書

 
 会員に広く呼びかけるのが広報の役割だから
 183号が発行できましたので、先生にもお届けいたします。 
 この号は広報クリニックで学んだことを心に留め、字体は全ページ同じにそろえました。色使いも抑えたものにしました。
 表紙の写真は、運動会の中の『静』を表したものにしました。動きのあるものを、と思ったのですが、数千枚もあるのに「動」のイメージに合うものを選ぶことができませんでした。そして選んだのが「演技を見つめる子どもたちと保護者の姿」でした。私たち委員は皆「良い写真を選べた」と思っています。
 PTAの委員会活動の企画は本部の方の発言がきっかけでした。会員に広く呼びかけるのが広報の役割だから、委員に立候補することを促す記事を書きました。、読んだ人が真剣に考えてくれるように真正面からぶっかって書いたつもりです。でも難しかったです
 次号は最終号てす。なにを伝えなければいけないのかをよく考え、全員で取り組みます。  Etsuko

 
 午前中、小田原の橘地区の実家に行き道祖神を見て歩きました。その写真を送ります。「いや、これはお地蔵様だよ!」というのがあるかもしれません。違っていたらすみません。
下中小学校付近は、今は住宅がふえ、私の時代とだいぶ変わっていましたが、久しぶりに子どもと地元を歩いてまわり、楽しい時間が過ごせました。下中小学校付近を訪れてみてください。いくつか道祖神はあります。ちなみに、橘地区には古墳もあります。ぜひ私の生まれたところを見てください☆   Yukari


 暦の上では春ですがまだ寒い日が続いていますね。318号 読ませていただきました。我が家の地区の「どんど焼き」は小学6年生が大人たちのお手伝いをすることになっています。ウチの子もお手伝いに行きいろいろな話を聞いたと言っていました。貴重な体験が出来たと思っています。  Sumie



 2015年2月1日更新


 2015年 それぞれがそれぞれの一年を
  1年間のメンテナンスで復調し“やる気モード”になっています。
 4月からシカゴ日本人学校に勤務することになりました。現役に戻って頑張ります。  柏木 正巳



いただいた年賀状から
    
   
       
    


 「新聞のおじいちゃん先生」気に入りました 
 気に入った三つのこと。新聞のおじいちゃん先生、これは勲章です。オピニオンリーダー「東中新聞」。関野作次郎の書。とにかく内容が素晴らしい。このような『エコー』をいただけるしあわせ。  Kenjiro

 「にっきの木」NO145。東中の広報委員の訪問は続いていますか。定期テスト前、勉強をそっちのけで新聞づくりに取り組んでいた当時の東中生を思い出します。もう日が暮れて真っ暗になった頃、職員室の窓をコンコンと叩く女生徒。「教室に本番用の新聞用紙を忘れたので取らせてください」。「ちょっと、それはいいけど! 今はテスト前で部活動も停止になっているんだぞ」と職員室にいた先生たちから言われていました。《新聞のおじいちゃん先生》の力は偉大です。そんな光景は今でも続いているのでしょう。  Masahiko

 316号拝読。いつも貴重な情報 ありがとうございます。「東中新聞」のオピニオンリーダーとしての意志を強く感じました。一般紙の記事を裏面に貼り付けいろいろな情報を提示するというのは興味ある取り組みです。過日、下野新聞スクラップコンクールに出席しました。新聞を読む子はイキイキしています。  Hiroaki

 今号もいいお話、素敵な方々の言葉がたくさん載っていました。何だか暖かい気持ちになりました。
 茨木のり子さんの詩集を持っている教育委員会のUさんのお話。親子壁新聞の記事では、車椅子で東京まで通勤しているお父さんの仕事のことを書いた『パパ新聞』や、「東日本大震災のことがこのごろあまり新聞に 出ていないので」と『地震新聞』を作ったお子さん。他にも素晴らしい方々の記事がありました。皆さんの真剣な気持ちが伝わります。
12月の3度目の講座、仕事の都合をつけてぜひ参加したいです。その講座では『道祖神新聞』を使われるのでしょうか。地元東地区の道祖神について書かれた、すっきりと仕上がった壁新聞を拝見できるのかもと思い、楽しみにしています。急に寒くなりましたのでどうぞお体にお気をつけてお過ごしください。  Yuki

 元日や晴れて人生無一物             市川 光一
 春の雪人待ち顔の道祖神

 先生の行動力・若々しさは私たちの誇りです。信じられない思いですが、今年68歳になります。何かにチャレンジします。  Sueko

 『エコー』楽しく読みながら、考えさせられることもありました。個人的には「にっきの木」がホッこり暖かい文で好きです。それにしても先生はお幾つになられたのでしょう? すごいバイタリティですね! 私は今年58歳になりますが「まだまだ」という気持ちを強く持ちました。  Masako

 道祖神の宿がウチの組に回ってきました。息子が〈大将〉を務めるので、いろいろと我が家がやらなければいけないようです。〈前途多難〉ですが、組の皆さんと話し合い伝統は守っていきたいです。   Kakiuchi

 読むたびに元気をいただいています。道祖神めぐり128塔にはびっくりしました。今年もお元気で。  Mayumi

 米子に帰省しています。淀江の道祖神に詳しい人を見つけました。詳細は後日メールで。  Akira

 昨年は健康この大切さを痛感した一年でした。茨木のり子さんの詩、目に着きやすい所に掲げました。「骨」を鍛えて道祖神めぐりを続けていただきたいです。  Yasue      
 権利へ立ち上がろうとマララさん 子どもたちへの勇気あることば。
 武器を売ります トバクもしよう 景気をよくするためなら原発OK イクサの準備を―ではない世の中を願いつつ。皆様のご健勝をおいのり申し上げます。  Takashi
                  
 親が子に教えることより、親は子どもから教わることが多い。今年は何を教えてくれるのかな。新たな発見、驚き、そして喜びがたくさんの一年間。2015年も子どもの背中を見て親は育つ。  Fumie                  

 昨年は先生からたくさんのお話をお聞きしました。充実した楽しい一年でした。今年も先生にお会いしいろいろなことを吸収したいと思います。お話をうかがうのが楽しみです。  Yumi

 2015年はどんな年になるのでしょう。どんな人と出会える1年になるのでしょう。新しく出合うだろう出来事に今からワクワクしています。相変わらずの忙しい毎日になるのでしょうが、健康で充実した1年が過ごせたらいいと思っています。  Kyoko

 一日の生活は相変わらずです。弘法山公園までの道のゴミ拾いの往復(5~6㌔)この山行きも15年続き、3000回の大台直前になりました。雨ならテレビか独数。そして通院(糖尿など数多)で過ごすことも。この7月で傘寿。  Toshihiko

 「伝えたい思いを自分の言葉で」、日々苦闘しています。もっと自分を磨かなければ。  Emiko




2015年1月1日更新


干支・未(信楽焼)   倉田幸子さんより


 拝啓 『エコー』316号、拝読いたしました。
 「にっきの木」NO145。東中の広報委員の訪問は続いていますか。定期テスト前、勉強をそっちのけで新聞づくりに取り組んでいた当時の東中生を思い出します。もう日が暮れて真っ暗になった頃、職員室の窓をコンコンと叩く女子中学生、「教室に新聞の本番用の新聞用紙を忘れたので取らせてください」。「ちょっと、それはいいけど、今はテスト前で部活動も停止になっているんだぞ」と職員室にいた先生たちから言われていました。《新聞のおじいちゃん先生》の力は偉大です。そんな風景は今でも続いているのでしょう。  三嶽 雅彦   

 316号 拝読。いつも貴重な情報 ありがとうございます。「東中新聞」のオピニオンリーダーとしての意志を強く感じました。一般紙の記事を裏面に貼り付けいろいろな情報を提示する言うのは興味ある取り組みです。過日、下野新聞スクラップコンクールに出席しました。新聞を読む子はイキイキしています。  野田  広明
 

 気に入りました3つ。新聞のおじいちゃん先生、これは勲章です。オピニオンリーダー「東中新聞」。関野作次郎の書。とにかく内容が素晴らしい。このようなエコーをいただけるしあわせ。   健次郎
 


 エコーありがとうございました。そして今回もいいお話、素敵な方々の言葉がたくさん載っていました。何だか暖かい気持ちになりました。
 茨木のりこさんの詩集を持っている教育委員会のUさんのお話。親子壁新聞の記事では、車椅子で東京まで通勤しているお父さんの仕事のことを書いた「パパ新聞」や、「東日本大震災のことがこのごろあまり新聞に 出ていないので」と「地震新聞」を作ったお子さん。他にも素晴らしい方々の記事がありました。皆さんの真剣なお気持ちが伝わります。
 先生のご講演の感想文も載せていただきました。稚拙な文章で本当に「わああ」と声が出るほど恥ずかしかったです。でもこれからも頑張っていろ いろ書いていこうと思います。そして、12月の3度目の講座のお知らせ、わざわざ自筆で書き添えてくださった先生のお心遣いがとても嬉しかったで す!  仕事の都合をつけてぜひ参加したいです。その講座では「道祖神新聞」を使われるのでしょうか。地元東地区の道祖神について書かれた、すっきりと仕上がった壁新聞を拝見 できるのかもと思い、楽しみにしています。急に寒くなりましたのでどうぞお体にお気をつけてお過ごしください。    有紀


 淀江町(現・米子市)と大山町の道祖神めぐりの記事がありました。わたくしの妻の実家は、大山町に隣接する伯耆町(旧・岸本町)です。「西日本の道祖神は鳥取県に集中する」について、暮に家族で妻の実家に帰省しますので、義母に「なぜなのか」聞いてみます。   晃



 2014年12月1日更新


安来節 2014.10.30

 試練が私をきたえています。(笑)
 
武先生
 気温の高低差も有り、暖かい日の次は寒くなったりと体調をくずしやすいこの頃ですが、いかがおすごしでしょうか。
 ECHO ありがとうございます。本当に先生の活力のすごさを毎号読みながら、びっくりしています。40才台の私の方が「あ~今日も何か
疲れた~」なんて思っている感じがします。
 今日は我が家の店へ小学3年生の子が5~6人来て質問をするという事がありました。質問の内容はあらかじめ学校の先生が届けに
来ていて、その答えを今日伝えるというものです。そのやりとりをみていて私は「質問云々というより子供達と地域というつながりがこの場
には大切な気がする」と思いました。子供達が知らない所に行き、そこで人とふれあうたとえ数分としてもその子達の1コマとなる、そういう
積み重ねが"何か"をもたらすのでは…な~んて思いました。
 私の家は飲食店で、来る方たちはもう顔なじみの方ばかり。新しい人も居ますが、毎日ここで会う(というか食べに来てくれる)人たちの
顔を思いながらつくっているものです。
 毎日毎日 来てくれる人達がどう思ってくれるかと少しハラハラしながら、自分の技術の未熟さを痛感しながら魚を下処理し肉に手を加え、
技術の向上に日々努めていますが、時間と体力と気力と・・・。時々気が抜けて、少し手を抜くと心の声が・・・私を責めてる感じがして、また、
しゃっきりとします(笑)
 先日は、七五三のお祝いの料理をほめてもらい、うれしいな~って素直に思い、今日はすごく下処理に時間をついやしたブリの煮付けを
「簡単な料理」と言われてがっかりしたりと、そんな毎日の色々が楽しいです。(あ~でも本当は苦しみもありますが)
 消費税が上がって経営は大変ですがピンチはチャンスと前向きに考えています。来てくれる方々に少しでも体に良いものを提供するため
に日々精進したいと考えています。試練が私をきたえています。(笑)
 これから忘年会のシーズンですね。お体ご自愛下さい。     矢部 臣子


 11月に入り、寒さが身にしみる季節となり、暖房が心地よく感じられます。ECHO第315号読ませていただきました。最近女性が興味の
ある事に積極的に動いていて「歴女」「山ガール」「聞女」と呼ばれている記事を読みました。私は走る事が趣味なので「runガール」「ラン
女」? とでも言うのでしょうか? 今年初の「フルマラソン」を走り、完走できました。継続は力なりと言いますが、何事も続けていく事が
大事だとあらためて思いました。次のECHOも楽しみにしています。寒くなってきたので先生も体調に気をつけて下さい。  浜野すみ江


 「ECHO」を拝読していましたら、広報紙クリニックの様子が書かれており、"道女"とは私のことではないかと頬を赤らめながらも楽しま
せていただきました。そして、手作りの大山道の地図は、道標やエピソードなどの情報が満載で、拝見しているだけでワクワクし、今すぐ
にでも秦野へ行き、散策したくなりました。 しかし、今は、「わかたけ」の発行に向け、皆一丸となり編集作業をすすめている所なので、
暫しお預けです。今回の広報紙は、クリニックで学んだ事を意識し学校・PTA・地域を結ぶ架け橋となるものを目指しておりますのでご期
待ください。  門倉裕美子




 2014年11月3日更新



赤富士   森下政司

 道祖神の思い出
 道祖神のお話を読んで、ちょうど今の娘くらい(小3)ぐらいの時の話です。私の住んでいる地区の道祖神さんは、大きな公園のすぐそばにいらっしゃ
り、いつも
手入れがされていて、花も供えられ、親しまれていました。だれが花をそえていたのかはわかりませんが、公園に遊びに行くたびに、「通らせてください。」
と手を合わせ、帰る時は「ありがとうございました。」と家路についたのを思い出しました。
 今では素通りしてしまう道祖神ですが、公園の近くにあったため、いつも見守ってもらってるような気がしていたのかもしれません。今、住んでいる辺り
には道祖神さんは見当たりませんが、いつか子どもが見つけて帰ってきたときは、当時のことを話してあげようと思いました。    高橋由香利


 「地名は語る東地区の歴史・文化」の講演で勉強しました
 今日の東中学校での先生の講演会、自治会の回覧板で知りました。カレンダーに印をつけて仕事を休み、聞かせていただきました。久しぶりの東中学
校。もう子供は二人とも卒業して縁のない身なので気後れし、ドキドキしていましたが、武先生のお元気なお姿が見られ、深い内容の講演を拝聴できとても
嬉しかったです。
 今回の東地区の地名の由来のお話。地名にはその土地の持つ記憶(先人たちの生活)が深く刻まれている、というお言葉にうなずきました。住んでいる
「井の城」という小字名について勉強できたのがよかったです。井の城には地下から取水する取水場があり「井」は井戸に関係するものかな、とは思ってい
ました。「城」はわからなかったので納得できました。
 東地区の地名は、稲を植え、畑を耕した人々の生活から生まれたものが多いことも知りました。ウチの子どもたちにも聞かせたいです。ありがとうござい
ました。    上條 有紀



 2014年10月3日更新


ムラサキシキブ
源氏物語の紫式部には関係ないらしい。江戸時代は「実むらさき」「玉むらさき」「山むらさき」と呼ばれていた。


 「新聞づくりは仲間づくり、心の交流」であることを再確認

 エコー314号ありがとうございます。はじめの7/22~8/15の日記は、スピード感と充実感があり楽しく一気に拝読しました。3日間庭の草取りして翌23日
は炎天下で枯草を燃やす!外に出ただけでも焼け付くようなあの猛烈な暑さの最中。思い浮かべただけでもクラクラ。
 新聞づくりのことも考えさせられます。秦野はじめ各地区に新聞の花が咲いたのは、土を大切にし耕し育てる、これが根本にあるのでしょうか。24日か
ら始まる“新聞夏の陣”にも、それぞれに創意工夫があり興味が湧きます。どの会場へ行っても貴重な体験ができ学ぶことも多く楽しめそうです。
 なんといっても圧巻は、第57回全国新聞教育研究大会 千葉県市川大会です。≪秦野西小P『西のいぶき』の報告は“パーフェクト”≫の記事に感激しま
した。提案は広報づくりで磨いた企画・編集の力が見事に発揮されていることです。そして西小Pは、よき伝統を引き継ぎながら、さらに新たな地平を切り
開いていることもわかり感服します。
 大会報告に向かっての①~⑥の動きにもすっかり魅せられました。 「⑤この日西小の参加者5人は午前5時半に秦野を出発。もしやと思いビデオデッキ
を持参。 ⑥大会参加の感想文を8月6日までに全員が書いた。」とあります。仕事はこのようにやるんだと強烈に迫ってきます。今何をやるべきか先の見
通しが効き、仕事のできる集団であることがわかります。
 それに見合った皆さんの感想文も見事です。各学校の当日の提案のあり方についてしっかり述べられています。「委員長になった経緯などよりは、お互
い、自分の学校に持ち帰ることができる内容の発表の方が、発展、勉強になると思いました。発表内容をきちんと整理し、聞く側にわかりやすくする、発表
時間を守るなどの基本的なことをした方が、もっと活発な大会になるのではないかと思いました。」と適格に指摘されてます。より良いものをつくろうと最後ま
で手抜きをしない西小Pのみなさんの心意気が伺えました。
 旧交を温めた「全国交流会」市川大会のよさを引き立てていただき、ありがとうございます。大澤和子先生ご指導の宮久保小と武勝美先生ご指導の秦野
東中が毎日の全国学校新聞コンクールで特選に選ばれ、両校の新聞委員長と共に札幌オリンピックの開会式に招かれたお話に皆さん驚かれました。大
澤先生の長男・明洋さんやお孫さんの増子彩音さんのお話も全新研の温かなつながりが一層深まりました。29年前の市川大会以来各地の全国大会を振り
返ってみると、毎年温かく迎えられてました。新聞づくりは仲間づくり、心の交流でもあることを今回も武先生に再確認させていただきました。
                                                                       2014.9.8    菅原 澄子




 2014年9月6日更新


妙高のイルミネーション

 ただ今「子育て第3章」
 毎日暑い日が続いておりますがいかがお過ごしでしょうか。
  「良い夏休みを」------。1学期最終日の朝、見守りをしながら子供たちに伝えました。「はい!」と元気よく返事をしてくれた子供たち。時々出かけ先で会いま
すが、どの子も私に気づいてくれるようで、あいさつをしてくれる子やにっこり笑顔を見せてくれる子、恥ずかしがり屋の子には私から声をかけると笑顔が返ってき
ます。
 また、「今年もラジオ体操と花火しようね」と、毎年一緒にラジオ体操をしている近所の子に言われ、中学生の2人の我が子も一緒に毎朝行っています。長女が
小学1年生の時に2人で始めてから11年。まさか近所の子に楽しみにされるとは思いもしませんでした。近所の子は、一番上の子が中2で、下に小1と幼稚園年
長が…。あと6年は続けるようでしょうか(苦笑)。 
 我が家の今年の夏休みは、昨年までとは少し違う日々を送っております。一言で言ってしまうならば「小学生のいない夏休みはつまらない!」と言ったところでし
ょうか。高2の娘は部活と友達優先の生活、中2の娘、中1の息子はサッカーに明け暮れ…。一緒に宿題を考えたり、遊びに行った昨年までの夏休みが懐かしく
もあり、子供たちの成長に喜びをを感じています。すっかり一人前になったと勘違いしている子供たち。体も大きくなり、口でも敵わなくなってきました。ただ今「子
育て第3章」に入った我が家。有り余るエネルギーをどう受け止め、促せば良いのか模索中です。    安田 奈々

 
 PTAの二学期は多忙 大いに活動します 
  息子たちの壁新聞 お褒めいただき感激です。二人とも喜んでおります。3日より「夏休み作品展」として、クラスごとに廊下に作品が展示されるので、早速見
てこようと思っております。
 HPに載せてもらえるのですか?恐縮です。茅ヶ崎の作品も楽しみです。茅ヶ崎の公民館の方には、鶴を折っていただきありがとうございました。その鶴は武先生
の折ってくださった金の鶴と一緒に『ヒロシマ新聞』に貼らせていただきました。
  「EOHO」第314号をいただきました。ありがとうございます。拝読しました。西小学校さんの発表の様子、準備や姿勢に改めて感心させられました。先生の精力的
な活動を知り、自分の自堕落さを反省しています。PTAの二学期は校内外の行事も多く、忙しくなりますが、先生を見習い、大いに活動していきたいと思います。あ
りがとうございました。  大瀧 美和


 夏の壁新聞作りは、今、高校1年の息子が小学校5年生の時に、市の広報を見て参加したのが初めてでした。文章を書くのが苦手な息子でしたが、何を載せるか
親子で考え、写真を撮りに行ったりしたのもいい思い出です。 娘も、夏休み明けに学級新聞を発行する順番とのことです。どんな新聞が出来上がるのか、ドキドキ
しながら発行を待ってみます。   飯塚 和美






2014年8月9日更新


桔梗の花咲時ぽんと言ひそうな    千代女

 
 目の前に広がる景色の中にある史実を知る楽しみを教えていきたい
 
東中1年の「総合の時間」の取り組みは今でも続いているのですね。幼小中の一貫教育の一つとしての郷土学習。まずは先生が地域のことを知ることは大切です。中学1年の歴史で縄文弥生時代を勉強しています。小中一貫の社会科資料集を見ながら、秦野に住んでいた人が旧石器・縄文・弥生時代にはどこにいたかを確認しました。弥生時代に入って米づくりをするために平塚方面に出ていった人々が再び川をのぼりながら秦野に戻ってきた。‘ひかりの丘’のマンション建設の時に発掘された遺跡は弥生時代のもの。鶴巻あたりに弥生時代には人々が住んでいたんだということがわかっています、という説明をしました。「根丸島遺跡」という石碑が建っている写真を見たことがあったので「見にいっておいで」と生徒には話しました。
 川の名前も水無川・金目川・花水川と変わっていく。どれだけこの川がこの地域の人達にとって大切なものだったのか。報徳運動や自由民権運動などを調べるとこの地域の人達がどのような歴史を歩んできたか、教科書と並ぶぐらいのものを持っていることがわかります。
 秦河勝を祖先に持つ渡来人系の人々によって開拓されたとされる秦野(京都の「太秦」につながる)。目の前に広がっている景色の中にある史実を知る楽しみを教えていきたいです。   三嶽 雅彦


 私も印刷のインクのにおいが好き!
 娘が通う高校の校長先生は月2、3回のペースで学校報を発行なさいます。A4判で2ページ(裏表)にモノクロでびっしり。ご自分のエッセイや生徒の活動の様子、校内のニュースなど細かい文字で写真もたくさん使って、とにかくびっしりです。
 以前、学校に対する評価のアンケート用紙が配られたので「校長先生の校報はてんこ盛りで読み応えがあります。ただ、読みづらいので両面印刷ではなくページを増やすとか、文字を大きく下に余白を作ったりして読みやすくしてもらえませんか。せっかくの内容、もったいないです」というような趣旨を書いて提出しました。
 その後、開かれたPTAの集まりで、校長先生は「学校報はホームページでも読めます。そちらもご覧ください。カラーだし、とてもきれいですよ」とおっしゃいました。確かにおっしゃる通りです。でも、以前『エコー』に寄せられた声を私は忘れません。「(印刷の)インクのにおいが好きです}。同感です。私のような肉体労働者は印刷してもらえると、どこか都合の良いときに読めます。確かにパソコンで印刷して読むという手もありますが、ちょっと違うような気がします。主役は書き手に在るのか読み手にあるのか、難しいですね。ともかく「先生の『エコー』印刷仕様は私にはとてもありがたいのです。   渡辺 知子


 残念ながら、準優勝でした。春も準優勝、関東大会も準優勝。甲子園って遠いですね。 娘が在学中に甲子園に行って貰いたいです。まだまだ楽しみがあります。 娘は野球部に入れないので野球部応援団員です。いい思い出が出来たと思います。そして、良い年に入学出来たと喜んでいます。 夢と感動をありがとう〓ですね。  Akemi
 

 次号は納得できるものを
  『森』182号ができあがりました。今号は夏休み直前の発行ということで、「親子で取り組む夏休みの過ごし方―学習から遊びまで」を会員に提案しました。読みやすいようにと、短い文で、簡潔に、できれば箇条書きのように、を 心がけました。学習についての内容がやや深みがないのでは…と反省しています。編集会議を重ね重ねて完成した紙面ですが、入稿を終えて時間が経つと反省すべき点ばかりが目に付き、まだまだ努力不足と感じています。次号もあちこちに取材に出かけ、委員のみんなが納得できるものを作りたいと思います。お読み頂きご指導をお願いいたします。   中島 悦子


 学習参観の日、広報委員さんはたちはお弁当持ちで、参観までの時間を編集会議の時間に充てられたようす。委員長さんが早々と来られていましたので少しお話をしました。
 本部の皆さんから「型にはまらず、広報委員さんの自由な発想で広報を」とのことのようですが、委員長さんは「何もわからないのに自由でと言われても…」と困惑されているようでした。「関わる」って難しいです。でも「関わる」ことをやめてしまえば…。
 委員長さんのお話の中から「広報って大変だけどちゃんとしたものを作りたい」という思いが私には伝わってきました。その思いは大切にしてあげなくてはいけないと思いました。でも私にはどのようなことが、何ができるのでしょうか。   西谷 安奈
。        
 
 復興はまだまだ                                               
 私の住んでいる地区の公民館だより(左)と市さすが意対策本部情報を読んでください。        福島・二本松市  及川小百合

   

 
 7月27日 岩手県大船渡ポートサイドマラソンに行ってきました。一関から2時間半ほどのバスの車窓から、気仙沼、陸前高田、大船渡の復興の様子を見ました。心からエール送りました。    篠本 典子
 

  『ECHO』313号 ありがとうございます。「若いんだから階段使おう」という思いも、「みえないものをみる力」も、私たちの日常の生活の中でよく見る光景です。自分の体調はわかっても他人の体調は目ではわかりません。それは家族間でも同じ。心にしっかり刻みながら読みました。このお手紙が届く頃は「立秋」になっていますが、秋の気配などまったく感じられない今年の夏です。くれぐれもご自愛ください。  矢部 臣子





2014年7月1日更新



カワラナデシコ
撫子とは花の形ちひさかにて其愛すべきを以って名く  「大和本草

 
下の記事は先月6月1日に更新した「日記」のページのものである


 気仙沼に行きます

 今年の新聞・広報紙づくりの講座の導入には2014年3月6日の『三陸新報』の切り抜きを使っている。次がその記事である。
 12校で三年生 校庭使えぬまま卒業 気仙沼・本吉地方 
 今春、学び舎(や)を巣立つ中学生は震災直後の23年4月に入学した。ほとんどの中学校の校庭に仮設住宅が建つ気仙沼・本吉地方では、3年生がグラウンドを自由に使うことなく卒業を迎えることになった。同地方の中学校16校のうち、敷地内に仮設住宅が建つのは14校。その中の12校は校庭の大半が仮設住宅に充てられている。「卒業までには校庭が本来の姿に戻ると期待していました。仕方ないとは思うが、校舎を出てすぐに部活動ができる学校がうらやましかった」とはある中学の卒業生。野球部の練習のため、放課後に1キロほど離れた小学校の校庭に移動する日々を送った。(『三陸新報』2014年3月6日の「復興へ」の記事の一部)

 どの会場の参加者も被災地・気仙沼の子供たちが置かれているこの現実に耳を傾けてくれた。そしてある会場でのこと。講座が終わると一人のお母さんが相談があると私のところに来た。「今日の話を聞いて、今まで行こうと思ってもなかなか踏み出せなかった被災地でのボランティア活動に出かけることに決めました。気仙沼に行こうと思います」。彼女は子供たちとクイズで遊びたいと言った。それで「三陸新報社」の知人を紹介した。

 このお母さん・佐々木知亜紀さんから「7月7~9日、気仙沼を訪ねる」と連絡が来た。そして下のような二通の投書欄の切り抜きも届いた。


毎日新聞「みんなの広場」6月24日掲載

  毎日新聞「みんなの広場」6月4日掲載
     若いんだから階段使おう
                               中学生 馬路ひなの (14)

    私は電車で通学しています。先日、下車駅で出合った光景に考えさせられました。
    ホームから階段を上ると、エレベーターから1人の女子高生が出てきました。彼女は
  階段を上ってきた人と一緒に改札に向かって歩いていきました。 
  私はその人が当たり前のようにエレベーターを使って出てきたことが気になりました。
  重い荷物を持っているわけでも、けがをしている様子でもないのにエレベーターを使う
  のはどうかなと思いました。
    もちろん、エレベエターはだれが使ってもかまわないでしょう。しかし、エレベーター
  は階段を上り下りすることが難しい人のためにあるのではと思います。
   エレベーターは階段を上り下りすることとが困難な人がいつでも使えるように空けて
  おく、そんな思いやりを持って、若い人は自分も含めて階段を利用するようにしたいと
  思いました。

「ECHO 創刊30周年」

 真紅のバラ30本をいただく     

  「ECHO」を読んでもらっている山口恭弘さんtが真紅のバラ30本を持って訪ねてきてくれた。
 
 お祝いの言葉を次の皆さんから頂きました (敬称略)
  田村俊雄 菅原澄子 渡邉眞紀 渡辺知子 青野初江 上鵜瀬みち子 古木文一 古谷智 高橋秀明 北村悠 水越いち乃 相原明美 浅田恵美子 野田広明 横山健次郎
 岩田香 江原広美 


これも祝30年  母屋の玄関に掛けてあります。
PTA広報委員OG(林史枝 前原景子 田中小百合 羽生美保 井添三香子 飯塚貴子 飯田えり 中野さやか 東亜矢子)さんからのプレゼント。

宮沢賢治は「下ノ畑ニ居リマス」の札を掛けていた。私は…

 広報の仕事とは『子育てご一緒に! をバックアップすること』 とても心に響きました。私は個人的に奉仕活動を行っていますが、それに通じるお話でした。また先生のお話をお聞きしたいと思いました。 
 初めての参加でしたが、とても楽しく聞け、しかも勉強になりました。これからの一年間の活動にとても力にひなり、広報を造ることにワクワクしてきました。 
 PTAの活動の中で「一番やりたくない」「大変」と言うのが今のPTA会員の多くの声です。その現状を変えるには、きょうの先生の話を広報委員だけでなくもっと多くの人に聞いてもらえると良いのですが。 
 子供も自分も作文では苦労しています。今日教えていただいた「ポストイット」を使う作文の書き方をやってみます。 
 「進路指導とは生き方を考えること」「メールは必要だけど大切なことは言葉で」という先生のお話。もう一度考えなくてはいけないと思いました。 
 広報づくりで、今までは学校側の声、先生の顔色ばかり気にして作ってきました。わが子のために、保護者みんなのために作るのが広報という姿勢・気持ちを忘れていました。ありがとうございました。 
 現在は学年委員です。広報さんから原稿を依頼されましたが、今日先生が話されたとおりの依頼状をいただきました。今までいろいろな役印をやってきましたが、このような依頼状は初めてでした。原稿は書きやすかったし、締め切りも守れました。先生の話されたことがこのように生かされる広報講習会はせったい必要です。 
  3年ぶりに武先生の広報紙づくり講座に参加させていただきました。改めてP TAとは・広報紙の役割を確認でき、初心に帰ることが出来ました。今の時代先生のように語尾を言いきって教えて下さる先生が少な<なっているように感じるので、先生のお言葉一言ひとことが心に響きました。今日はありがとうございました。 U






2014年6月1日更新



梅の実や風よく通る古座敷      田中 祥子




 紙面から〈立ちのぼってくる何か〉

 例年のように、4月30日から5月5日まで夫の故郷である鹿児島に帰省しました。ですから、毎年5月の連休は読む新聞が「南日本新聞」になります。今年は、この時期だからでしょうか憲法に関する記事が多かったようです。そして、それらの記事を読んでいると紙面から〈立ちのぼってくる何か〉を感じたのです。
 義母は86歳でこのごろ繰り返しが多くなっています。滞在中「忘れもしない6月17日の鹿児島の空襲」の体験を、つぶやくように何度も話してくれました。淡々と、繰り返し語られる義母の空襲の体験を聞きながら、いつの間にか民話を聞いているような私になっていたのです。本来なら身を硬くして聞くはずの悲惨な話が、何の抵抗もなく、雪が降りつむように私の心の中にゆっくりと堆積しているようでした。たた事実として、静かに。
 こういう語る力がこの鹿児島にはある、それが新聞の記事の行間から〈立ちのぼってくる何か〉なのだと思いました。記者は、その地の空気を吸い、その地を歩き、生活者の一人として記事を書いているのですね。     竹下恵美子


 先生方のお花見会
 北上は晴天続きなので農作業に力を入れていました。展勝地のさくらまつりのため県道は連日渋滞、地元の人は日中は車を出せません。高温のためその桜はあっという間に散ってしまったのですが、観光バスは後から後から。この時期、小・中学校は家庭訪問が行われます。全家庭の訪問が済むと、先生方のお花見会が開かれます。     渡辺 知子


 広報の仕事とは「子育てご一緒に」をバックアップすること。とても心に響きました。私たちの広報紙にぜひ反映させたいと思いました。個人的に社会奉仕活動をしていますが、その活動にも通じるものでした。  N

 今回で3めの参加になります。私は広報委員ではありません。毎回ちがった内容、いろいろな話が聞けていつも楽しみにしています。講習で学んだ「文の書き方」など、生かせるときがきたら、忘れないで「活かし」ます。  

 8年前、小学校で息子と共に武先生の話を聞く機会がありました。きょうも先生の話が聞けてよかったです。広報委員になったからには、この一年間は頑張ります。  


2014年5月1日更新


4月の終わり頃から咲き始めた藤 ノダフジという種らしい

 311号 新聞の花が咲きそろいましたね
                                                         Sumiko
 「ECHO」311号ありがとうございます。一気に拝読しました。大阪のご旅行の充実ぶりと楽しさに圧倒されます。昨年、全新研大阪大会の前日、友達と一緒に落語家と行く「なにわ探検クルーズ」に乗船する心算でしたが、時間が合わず残念に思ってまいました。次の機会にはぜひ乗ってみます。大阪の道祖神は平たい丸石が二つというのも素朴で面白いですね。さをり織りの創始者・城みさを先生と奥様の出会いも感激しました。ゆう庵での作品の美しさと「さをりの森」の百一歳の先生のお姿と重なって自然の中にとけ込めたような気分になりました。
 4月3日 「寺山花見」もいいですね。パソコンでお庭の満開の桜を眺めながら、行ってみたいなあと思っていました。サクラの語源も新鮮で、改めて桜咲くありがたさを考えさせられます。≪桜は田の神が宿るところ。田の神が美しい花となって姿をあらわす。それがサクラ・桜。満開の桜は豊作の稲穂のイメージでもある。≫ですね。しっかり覚えておきます。
 我が家の親戚が長野県佐久にありますが、20日は法事でした。満開の桜の写真と共にお座敷のお参りの様子がメールで送ってきました。そのことを話したら、タクシーの運転手さんが、桜のころに亡くなられる人は、それなりの徳がある人ですね、と話してくれました。桜の木を大切にされてる武先生ご一家も立派な方々です。
 特集・この一年を振り返る・「広報づくり 喜怒哀楽」これも感激しました。広報づくりが土台となり、先生、児童、生徒、保護者が活気づいてることが伝わってきます。よい学校づくりにも大きな役割を果たしている広報。みんな仕事を持ちながら何とか突き進んで今日あるところに、これまでの武先生のお導きが強く感じられ、みなさん深く感謝されてますね。またコンクールでいろいろ受賞されてることも大きな励みになってることがわかります。武先生のたゆまぬ新聞づくりの講座の積み上げが、秦野市はじめ各地区にしっかり根を下ろし広がり、新聞の花が咲きそろいました。    
 
 〈眠り姫〉も幼稚園の年長さんです
 お元気でいらっしゃいますか。4年前にH小の広報でお世話になった「眠り姫」の母です。いつもECHOを送っていただいてありがとうございます。眠り姫も今年、幼稚園の年長さんになります。毎日元気いっぱい幼稚園生活を満喫しています。少し前に幼稚園で縄跳びの課題がでました。活発だと思っていた娘がまさかの運動音痴で大苦戦。途中、何度もやる気をなくし「縄跳びきらい…」と縄に触らないという日も過ごしましたが、本人なりにコツコツ頑張って練習した結果今では体力が続く限り跳べるようにようになりました。(長かったぁ…)久々に努力すれば結果が出るということを実感し、涙もろい母はウルッときてしまった出した。(笑)お姉ちゃんも4月から6年生です。学校生活、良いことばかりでない毎日に苦悩することも多いのですが、最後の歳は楽しく過ごして欲しいと思う今日この頃です。
 先日、広報仲間と集まりました。毎年恒例の「卒業祝う会」です。今までは小学校の卒業だけでしたが来年からは中学校の卒業も加わり、冗談で「いつまでやろうか~」という話で盛り上がり、子どもたちの結婚式? それとも誰かのお葬式? と笑いながら話しました。私たちの後に広報をしたお友だちから、武先生が私たちのことを「あの人たちは一生の仲間になるよ」とおっしゃってくださったことを聞きましたが、まさにその通りになりそうです。本当に素敵な出会いができたと思っています。
 さて今年、幼稚園のPTA本部役員を務めることになりました。大変だとは思いますが、広報のときのように頑張った後にはかけがえのないものが得られると思って頑張りたいと思います。また先生とお会いできることを楽しみにしています。どうぞお体に気を付けて。奥様にもくれぐれもよろしくお伝えください。   Reika

 先生も新しい出会いに期待されていることでしょう
 色とりどりの花が咲く春、新しい生活が始まる季節、先生の広報の生徒さんたちも、数々の新しい出会いに期待していることでしょう。
 東日本大震災から三年が経ち、私の生活は日々同じように過ぎています。しかし、「エコー」に載っている当事者の言葉を知るとき「ああ同じではないんだ」と改めて思ったのでした。被災地の皆さんにどんな言葉を掛けたらいいのかまったく分からない私です。防災についての心構えも、〈他人事〉ではないのに非常袋はホコリをかぶったまま、中の食料品もそのまま。被災地の人たちがいることを忘れずにいる、それが防災意識を高めることにつながることを願っています。   Tamiko

  「広報づくり喜怒哀楽」は現在の広報委員の方々に読んでいただきたいです。学校生活に直に関わってくる活動ですから、外からは見えない学校の姿を目の当たりにできます。現在の学校が抱えている問題に、広報活動を進めていくことで直面します。そのために嫌な思いをされている方もいられるでしょうが、それも今の学校です。   Masahiko

 新生活が始まり、もう少しで1カ月。3月のある日、中学のPの役員の引き継ぎの日。終わって自宅に戻ると、次の指令が。先日、市役所で委嘱式がありました。今度は学校から地域へ、青少年相談員になりました。こんな私が…。これも経験・体験になると思います。とりあえず、娘に「何か相談ある?」と毎日相談にのっている日々です。    Akemi

 新潟の「道祖神めぐり」の中に、紙のヒトガタが道祖神で、それを燃やすことが書いてありました。それを読み、年末に義父がヒトガタを人数分つくっていたことを思い出しました。今は作っていませんが。そのヒトガタはダンゴ焼きのときにお焚き上げされたのでしょうか。自分の住む地域の中にもこのようなことが行われていたのに、今まで気がつきませんでした。先生の道祖神祭りの話を懐かしく思い出しています。   Mayumi

 3月30日に都城さくらマラソン・ハーフの部を走りました。宮崎はもう田植えが始まり、サクラは満開でした。コースには桜並木があり、満開のサクラを眺め、時には桜吹雪を浴びながら、暑さ、アップダウン、向かい風にもめげず楽しく走りました。60歳以上の部で第一位でした。   Noriko
 


2014年4月3日更新



おらがの桜  2014.4.5


 娘が義務教育・ 私はPTAを卒業
 長いようであっという間の義務教育。その間PTAの役員をさせていただき色々経験できました。親子で成長させてもらった、感じがします。もし、あのとき広報委員をしていなかったら、今の私は何してたのだろう!?とよく思います。広報づくりを経験したお陰で、パソコンが使えるようになり、今、仕事で大いに役立ってます。娘も高校の新聞部に入れば勉強になるのに、と思ってますが、野球部の〈追っかけ」になりそうです。落ち着いたら、娘を連れていきます。高校の制服を見てあげてください。   明美


 東日本大震災から三年 でも復旧はほど遠い
 東日本大震災から三年が過ぎましたが、まだまだ復旧にはほど遠いという思いがあります。風評被害で苦しんでいる農家を少しでも手助けできたらと思い、シーもとの野菜や果物を食べています。ここ二本松でも少しですが果物を作っていますので送ります。モシいやでしたら廃棄してください。
 三ヶ月も経って住宅除染の結果が来たので、先生にもお知らせします。(武注・下の表) 除染はしてもらったものの側溝、道路、裏の草地、山からの枯葉などは今も手付かずなので心配です。    及川小百合



2014年3月1日更新


榛名山  筑井孝子

  東中学校、西中P、西小P すごいですね
 道祖神めぐり、研修旅行に行かれたのですね! 道祖神に強く興味を持たれ、自ら各所に出かけられる先生の前向きな生活に、少しエネルギーを分けていただいた気持になりました。山梨にも行かれたのですね! 主人の実家は山梨ですが、今雪で大変だそうです。
 市P連の研修のこと。今年度も皆さんが頑張ってらっしゃることがわかり嬉しかったです。私も道祖神やお団子のお話をお聞きしましたが。そのときお札配りやどんど焼きに参加していたうちの子も今は高校生です。秦野で生まれ育ったという誇りと地元への愛着を持ってくれているといいな、と思います。
 今朝の「タウンニュース」読みました! 東中学校の栄誉あるダブル受賞! そして西中PTAの最優秀賞、西小の毎日新聞社賞、秦野ってすごいです。どちらの学校もずっと継続して努力を続けてきた、その成果なのだと思いました。
 昭和24年の文部省の文書で取り上げられた「学校新聞の意義」を興味深く読みました。なんて高いところを目指していたんだ、と驚きました。今はど うなっているのでしょうか。新聞教育を通して自分の意見をはっきり言える人を学校は育ててほしいです。  有紀


 先週降った大雪がまだたくさん残っています。子供たちの安全を考慮し、現在小学校では先生が付き添い、集団登下校という形をとっています。また小学校では、雪が溶けるまでの間、校庭での遊びを禁止しています。昨日の懇談会で、「固くなった雪を投げたりしたら流血しますから」と先生。雪国の方が聞いたらきっと笑われてしまうでしょうね。校庭の真っ白な雪がさみしげに見えました。
 昨日登校時の見守りをしていたら、道向かいの畑に一羽のキジがこちらに近づいてきました。真っ白な雪に深く鮮やかな緑色のキジ。すっかり見入っていると、子供たちが歩いてきたので、「見て!キジがいるよ!」とキジを指差すと「わあ~」と声が上がり、目を輝かせてキジを見つめていました。キジと雪に感謝です。  奈々


 横須賀も思いがけないほどの積雪で、雪かきに追われました。秦野はいかがでしたでしょう。 309号ありがとうございました。「沢蟹」のお話は目に浮かぶようで。筆不精の私も今日はお便りさせていただきます。
 実は私の家の前にも沢蟹がよく姿を見せます。ところが雨水を溜める30㌢ほどの縦坑に沢蟹が落ちるのです。そこから這い出ることができない蟹を何度も助けています。そして山の水が湧き出ている所に戻してあげると嬉しそうに帰っていきます。先生のお宅に滞在した沢蟹さんは、今頃武家での「おもてなし」のことを仲間たちに話していることでしょう。  淑子



2014年2月1日更新

  
    畠 和子                           佐藤茂子

 届いた年賀状の中から

 お元気ですか。何十年経っても、あの中学のあの教室で、友達と新聞づくりをした情景が温かく心に浮かぶのは本当に幸せなこと、先生に出会えたことに感謝しています。      okada

 あと少しで広報委員も終わり! というところで、会社の壁新聞作りの話をいただきました。行き詰ったら相談させてください。   kurihara

 先生のライフワークである『エコー』を拝読しながら、精力的に活動していらっしゃる先生の姿を想像しています。『エコー』がある限り、一番の読者でいたいと思います。   tochigi

 息子が東中に在学していますので『東中新聞』の1000号、嬉しく読ませていただきました。『東中新聞』が全国コンクールで総理大臣賞を受賞したとき、私のクラスの学級新聞も三位になり、武先生、S先生ご夫妻、そして私で反省会?をしたとき、トイレから出られないほど飲んでしまったことを鮮明に記憶しています。   yamada

 ECHO 307、308号 ありがとうございます。「沢蟹」、なんとも心の温まる話でした。福島の除染のこと、現実のもどかしさを感じました。今月から新しい仕事に就きます。   yabe

 沢蟹のこと とても温かい話でした。残余の時間についての文 意味深いものを感じました。寂しさも感じました。   kamijyo

 住み慣れた地、家、人と離れ、人生の第三ステージに立ちました。私の時間が増えたことを喜んでいます。   naoka

 ECHO 300号、東中新聞の1000号発行 おめでとうございます。「三日坊主」の私は、特に日記はなかなか続きませんでした。そんな私に10年前、主人が「10年日記」をプレゼントしてくれたのです。それで何とか毎日書き続けることができました。その日記で10年前を振り返ると、今と同じことを悩んでいて、進歩が無い自分に少々がっかりしています。でもこの日記帳は大切な宝です。先生『ECHO』を続けてください。私の日記付けの支えです。毎月、待っています。   kurata

 昨年は休耕田を利用して仲間四人で米作りに挑戦。収穫期に台風や長雨が重なり、倒れたりぬれたりの連続『嵐も吹けば雨も降る。男の道よ、なぜ険し』、自然への無力を知りました。でも脱穀が終わって、米袋を見て、『ここの幸あり、実りあり』でした。     yasuda

 昨年十二月、ついに七十歳の大台に突入しました。世の中高齢者だらけで、もはや「古来稀なる」存在ではありませんが、それでもよくぞここまで馬齢を重ねてきたかという感慨はあります。昔、ある先輩が「年寄りっていうのはな、腐った古釘みたいなもんだ。役には立たないけど、バカにして踏んづけたりしたらエライ目に遭うぞ」と言っていました。あまり役には立てませんが、好奇心と向上心はまだありますので、彷徨錯誤しつつこの国の行く末に少しは関わっていきたいと思っています。    yoshinari

 昨秋のデモや集会は、通行人に道を譲るほど冷静で、整然としていました。安保闘争のころと比べたら行儀のよいこと。それをテロという雑な政治家がいる。雑な法案に、雑な採決、雑な参拝と、これほどの危うさはかつてないでしょう。息を殺して暮らす社会にしないよう、戦争世代と、戦争世代を親にもつ私たちが声をあげないと。「《老いてとんがる》です」 shirai




014年1月1日更新


干支・午(信楽焼)   倉田幸子さんより

 三陸新報 2013年12月20日 「萬有流転」欄
 何度か小欄でも取り上げた「教育個人紙ECHO」は、月に1度発行される。制作は元中学校長の武勝美さん(神奈川県秦野市在住)。岩手県北上市に住む渡辺知子さんの紹介で知った▼11月号に渡辺さんが北上便りを掲載しているが、その中で干葉県佐倉市の国立民俗博物館での尾形家の展示について記述。昭和三陸大津波の少年の日記の一部を、
私の父のものと書いていた。尾形家が渡辺さんの実家だったのである▼現在の当主、尾形健さん(市議会議員)夫妻と付き合いがありながら、渡辺さんの実家とも知らずに手紙などをやり取りしていた。遠くに住む人から教えられたことになり、人と人との縁をあらためて感じた▼12月号発行のECHOに武さんは、「人生80年残余の時間」と題してつづっている。「今は『人生80年』の時代~略~老いと病の時間は長い。その長い時間をかけ『死』に向かい合うのが現代」とあった。そして、「『生』を全うできたかどうかは残余の過ごし方次第」と続ける▼何歳になっても「天寿を全うした」などとは言えないのかもしれないが、それぞれが天から授かった寿命である。残余をいかに生きるか、長寿時代の課題である。


 海を渡った『東中新聞』1000号
《新聞教育》の仲間Sさんが『東中新聞』1000号をコピーしてブルガリア在住のNさんに送ってくださいました。そのお礼のメール(Sさん宛て)が私に転送されて来ました。
 S様
 お送りいただいた箱を開けるなり、秦野東中学校の『東中新聞』。海を渡って来た1000号に深い感銘を覚えました。武先生の新聞教育の奥深さに心を打たれました。継続するに当っての、先生方の長期にわたる新聞教育への理解、指導、生徒の実践を継続するための指導力と励まし、近隣区域の協力を頂けるまでの根気強い呼びかけ、新聞配信など、それはすごい根気とエネルギーが必要だったと思います。武先生が近くにお住まいで、常に先生ご自身のたゆまざる実践がもの言わぬ指導力となって働いていることは間違いないことです。教育者として地域に生きることの素晴らしさ、地域を生かすことの素晴らしさを実感します。1000号の東中新聞、大切にします。そして、折りにふれ、読んでみます。ありがとうございます。
 秦野東中学校のホームページなど見ました。学区域の地図と武先生のお作りになった地図と比べても見ました。秦野市といえば、第49回全国新聞教育大会で燃えた日が懐かしいです。北海道の学校との「はがき新聞交流」は秦野大会での出会いで始まったのでした。私にとっても貴重な秦野大会でした。   



 返ってきたエコー 2010~2013年 掲載分はこちらへ
 返ってきたエコー 2007~2009年 掲載分はこちらへ
 返ってきたエコー 2004~2006年 掲載分はこちらへ
 返ってきたエコー 2000~2003年 掲載分はこちらへ






~ 武勝美の教育個人紙 ECHO ~