-ECHO-  教育コラム『エコー』  -ECHO-
エコー教育広報相談室は「かながわ県民活動サポートセンター」に登録されています。
学校教育を考え、語り合うページ


 教育コラム『エコー』 2010~2013年 掲載分はこちらへ
 教育コラム『エコー』 2007~2009年 掲載分はこちらへ
 教育コラム『エコー』 2004~2006年 掲載分はこちらへ
 教育コラム『エコー』 2000~2003年 掲載分はこちらへ



エコー教育広報相談室の活動 2017年4月1日から2017年9月30日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。


 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                    17件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)             96件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)         6件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・教育相談                          件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師               25回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内        
     7
            ・当相談室来訪者                
93(192名)




2017年9月7日更新




2017年7月22日・8月19日
茅ヶ崎市立南湖公民館主催事業
「夏休み親子でつくる壁新聞講座」
のアンケート  
                                 回答者(参加者) 保護者12名 
                                            児童12名 (1年3名・2年1名・3年5名・ 4年2名・ 5年1名)
《保護者》の回答   〇の数字は学年を表す
1 壁新聞講座に参加した理由
① 子どもが三人いるので、長男とじっくり向き合う時間がほしかったから。
① 親子で何か夏休みの思い出を作りたかったから。
① こども新聞を毎日読んでいる。新聞を作る楽しさや大変さを学ばせたかったから。
② 新聞づくりを通して新聞に親しませたいから。
③ 子どもが三人いる。たまには一人と一緒の時間もよいかなと思って。
③ 昨年も参加。また作りたいと本人の希望。
③ 新聞のようなものを作っていたので、興味がありそうだから子どもを誘って。
③ 親子の思い出づくり。
③ この機会に物事をじっくり見つめる体験をしてもよいのてば、と思って。
④ 昨年も参加して「楽しかった。またやりたい」と言ったので。
④4 年生の国語の授業に「新聞づくり」があったので。
⑤ 三回目の参加、毎年楽しみにしている。宿題を一つ済ませられるので。

2 お子さんと壁新聞を作ってみての感想
① 親子で一つのことに集中できた。わが子はじっくり考えるタイプなので、壁新聞づくりは彼に向いていると思った。
① どうすれば「体験したことを人に伝えられるかな?」など考えながら作文したり、イラストを考えたリ、レイアウトするのは初めての
ことで難しかったけど面白かったです。
① 子どもの考えていることや思っていることをうまく引き出し形にするのはすごく大変でした。「私は手伝わない」で作ってもらおうと
思っていたのですが、結局、手を出してしまいました。
② 想像以上に大変でした。一つの旅行が新聞にすることで深い記憶・記録になりました。
③ 字を書くのが苦手なので書かせるのが大変で、少しずつすすめました。先生のアドバイスを参考に、もう少し手を加えて仕上げた
いと思います。
③ 始めは何から手を付けて良いのか迷いながらでした。書く内容を考えたり、レイアウトを子どもと悩みながら、本当に大変な新聞
づくりでした。でも、いい経験になりました。
③ 雨続きの夏休みだったので、一週間ほど、毎日予どもと一緒に新聞を作っていました。、成長する子どもとこんなにも密な時間を
過ごせることは、これからは無いかもしれないと思うと、今年の夏は貴重な時間を過ごせたように思います。ありがとうございました。
③ 書きたいことが多く、絞り込みが難しかったかったです。来年も同じ内容のものを掘り下げ、続きの新聞『こいのふしぎ新聞』第2
号を作りたいです。
④ どこまで子どもの文章力を尊重すべきか難しかったです。
④ 伝説の場所に行ったり調べるのは楽しかったが、それをまとめる記事にするのが難しく、文を考えたり表現するのがとても大変
だった。「楽しかった」「面白かった」「大変だった」で終わってしまいがちなので、それを超える文を考えさせるのが大変でした。
⑤ 書き始めるまではいろいろ迷って時間が掛かってのですが、書き始めたら一気に仕上げることができました。

《児童》の回答
1参加した理由
・あまり興味がなかったけど、いつも講座に行ってみると楽しいので参加しました。
・去年もやったから。
・お母さんが申し込んだ。
・新開を作るのが好きだから。
・ママに誘われたから。
・新聞をつくる境会がないから。
・やりたかったから。
・この前もやって楽しかったから。

2 壁新聞を作っての感想
①字を書くと手が痛くなったけどすごく楽しいです。
①やるのやんなった。
①お母さんと虫の写真を撮ったり、じいじの話を聞いたりして一生懸命に作りました。
②初めてなので不安でした。でも、作ってみると楽しかったです。来年も参加したいです。
②文を書くのが大変で、急いで適当に書いてしまったところもあります。あと、ママが厳しくとても大変でした。またやりたいです。
③ペンとかでなぞったりするのが楽しかったです。
③空手選手の名前を調べたり、題字を考えるのがべ勉強になりました。また壁新聞をやりたいです。
③いっぱい写真と字があって疲れたけど、かわいいカイコの新聞が出来て良かった。
④自由研究は制限なく書いていいけど、新聞は1枚にまとめなきゃいけないから大変だった。
⑤『海ほたる新聞』で「海ほたる」の絵を初めて描いた。新聞づくりは難しかったけど楽しかった。

3 また壁新聞をつくる機会があったら参加しますか
 ・参加する 5  ・たぶん参加する 7   ・参加しない 0 



エコー教育広報相談室の活動 2017年4月1日から2017年8月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。


 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                     13件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)             44件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)        6件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・教育相談                         件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師               18回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内        
     7
            ・当相談室来訪者        
       
78 (156名)




2017年8月7日更新

エコー教育広報相談室の活動 2017年4月1日から2017年7月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。


 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                     11件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)             34件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)        2件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・教育相談                         件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師               14回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内        
     6
            ・当相談室来訪者        
       
60 (125名)

2017年7月7日更新

エコー教育広報相談室の活動 2017年4月1日から2017年6月30日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。

 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                     8件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)             23件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)         1件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・教育相談                         件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師               10回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内        
     5
            ・当相談室来訪者        
       
38 (81名)

2017年6月7日更新
 『ECHO』は創刊33周年を迎えました
 学校や子供たちにかける願いや、教師の教育観・人生観を語ろうと、1985年5月に『ECHO』を創刊した。「声が大きければこだまも大
きい」を願いスタートしたが、33年という歳月の流れは《老い》と《退歩》でしかないのかもしれない。ご指導をお願いいたします。 武 勝美
 

エコー教育広報相談室の活動 2017年4月1日から2017年5月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。


 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                     6件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)             10件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)         1件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・教育相談                         件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師               9回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内        
     3
            
・当相談室来訪者                 26
(40名)



2017年5月10日更新
 
1985年5月20日創刊の「ECHO」は今月で33年目に入る。

「ECHO」創刊33周年  「武勝美の新聞語録」

1 新聞づくりは仲間づくり
 1991年に『新聞づくりは仲間づくり』を出版した。この「仲間づくり」には二つの意味がある。一つは、一緒に新聞をつくることは仲間としての意識を
持つことができること。そしてもう一つは、学校・学級、あるいはPTAという集団の中で発行される新聞は、よい集団づくり・仲間意識を高めることが
できる、ということ。言い換えると、新聞教育活動には、①つくる(発行する)ことによる意義、②読むことによる意義の二つがあり、それが新聞を発
行するその集団の質を高めること(仲間づくり)になる。

2 新聞は読まれて完成  新聞の評価は読む会で
 私が新聞教育の評価を意識したのは、全国新聞教育研究大会の第11回熱海大会(1968年)だった。この大会の研究主題は、「新聞教育の評価を
どう進めるか」で、以降第17回山形大会まで継続された。この熱海大会で、藤井宗夫先生(大阪)の新聞教育の評価についての提言は、私の新聞教
育への基本的なものを形づくることに大きな示唆となった。藤井宗夫先生は「新聞教育の評価のポイント」としてい次の三点を挙げた。
 ① 新聞教育計画の評価  ② 生み出された新聞そのものの評価  ③ 新聞活動に参加した生徒の発達についての評価。
 この提言から「新聞教育がどのような生徒を育てることができたか」が新聞づくりの評価の原点であると認識した。学級新聞づくりを学級経営の重要
な柱としてきた私にとって、新聞教育の評価とは、「学級新聞活動による生徒の変容の評価」としたい。
学校や学級で新聞活動がおこなわれるとき、その教育的効果は、文字どおり「新聞づくり」に求められ、新聞をつくる過程の意義にスポットが当てられ
る。そして、もう一点はコンクールという評価。だが私は、発行されたその新聞がどう読まれたのかを大事にしたい。読む会をとおして、学級新聞が学
級を変える力となる - これこそ新聞教育活動のねらいだと思う。

 かつて私は、「なぜ学級新聞活動は必要なのか」、あるいは「なぜいらないのか」をクラスに聞いてみた。
1学級新聞は学級に必要
①週刊で学級新聞を発行した学級の声 ・班活動が良くなる ・男女の協力ができるようになる ・学級の進歩が見られる ・責任感が出てくる ・反省を
するようになる ・新聞によって学級の問題が解決できる ・思い出になる
②年二回発行した学級の声 ・みんなの知らないことがわかる ・他のクラスのことがわかる ・クラス内に協力性が生まれる ・学級を楽しくするために
よい
2学級に学級新聞がなくてもいい
①の声 ・めんどくさい ・つまらない ・わかっていることを記事にしなくてもいい ・記録だけに終わっている ・何のためにやっているのかわからなくな
ってきた②の声 ・時間のむだ ・つくったって読んでくれない ・役にたたない新聞だから ・協力がない ・たまにしか出さない新聞なんて価値はない 
・あってもなくても同じ ・先生が教えてくれない
 ①と②に表れた〈声〉の違いは、学級新聞の意義に対する理解度の差と言えよう。①は学級新聞の持つ本来的なものをおぼろげながらもつかんでい
る。一方②の声をまとめてみると、「協力ができない」から、学級新聞は「たまにしか発行されない」。だから内容的にも「役に立たない」ものになってしま
う、と言っている。(拙書『新聞教育の研究と実践』駿台書房1982年)

3 記録する→ 知らせる→ 高める→ 行動させる
 記録する新聞・知らせる新聞から、読んで、考えて、話し合って、行動する読者を育てる新聞-それを教室の中で行われる新聞づくりの目標にした。
「学級新聞を読む会」から生まれた行動
 学級経営の重要な手だてとして、学級新聞活動を取り入れたが、通り一遍の活動に終わらぬように①学級の全員で、㊥毎週発行し、⑧毎号必ず〝読
む会〟を開くことを続けてきた中から生まれた「仲間への信頼感」の一例を書いてみる。
  遠足の写真が教室に張り出された。ところが、数日後写真の中の何人かの顔に、画ビヨウが突き刺されるという事件が起きた。学級新聞はこの事
件を特集した。生徒たちは学扱会でこの新開を読み、話し合い、一つの行動を起こすことになった。学級全員が、学級新聞を手に牧内38学級を訪ね、
事件について説明をし、その関係者を探し出すというのだ。三年生の教室に入っていった班は、からかわれ、どなられた。「自分のクラスのことをどうし
ておれたちのところに持ち込むんだ」「犯人はあなたたちの中にいるのに」。悔しさと哀しさに涙を流しながら、38の教室を訪問してきた生徒たち。だがこ
の行動は学級の仲間を信じる勇気があったからこそ出来たのだ。

4 あなたは自由を守れ 新聞はあなたを守る
 第一回の新聞週間(1948年)の標語は「あなたは自由を守れ 新聞はあなたを守る」だった。教師になり、57年間新聞教育・新聞づくりにかかわって
きたが、この標語の趣旨はいつも意識していた。「私は政府があって新聞が無い国より政府が無くても新聞のある国に住みたい」。これはアメリカ合衆
国第三代大統領のトーマス・ジェファーソンの言葉。
 太平洋戦争の反省にたった戦後の教育の特長の一つは、学校に自治活動(生徒会活動)を根付かせることだった。その自治活動は、生徒会・弁論
・新聞活動が基盤としている。子どもたちの自治活動は学校に必要・欠かせないものととらえたからだ。とりわけ新聞活動は人権への意識を高めるた
めに重要視され、全国各地の学校でその活動は積極的に展開された。その礎と道しるべは全国新聞教育研究協議会(1958年設立 ・会長齋藤義一)
であった。

5 知りたい 知らせたい 知ってほしい
 今、教育現場はさまざまな課題を抱えている。「知りたい 知らせたい 知ってほしい」ことを書くのが新聞。学校内で発行される新聞や広報紙にもそ
れを求めたい。教育は「知らない、知らせられない、知ろうとしない」怖さを現実にしてはいけない。((絵本『風が吹くとき』 レイモンド・ブリックスを読み、
そう思いました。)

エコー教育広報相談室の活動 2017年4月1日から2017年4月30日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。


 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                     2件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)              1件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)         1件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など           件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師               1回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内        
     2
            ・全国新聞教育研究協議会関係      
        回 
             ・当相談室来訪者        
        13
(19名)


2017年4月7日更新

 48歳の私のテーマは「脱皮」
 「エコー」を拝読させていただいてはおりますが、なかなかゆっくりとお返事を出す余裕がないまま年が明け、気が付けばもう3月…。
年々月日の流れる速度が上がっているように感じます。
 今年は4回目の“歳女”です。12歳では中学生になる日を心待ちし、24歳では結婚にあこがれ、36歳では子育てに追われていまし
た。48歳になる今年、この3か月間は息子の受験がメインでした。我が子3人は、本人たちの意向で塾には通わず、ひたすら学校と
家庭での学習の繰り返しで乗り越えてきました。長女・次女はまったく手が掛からなかった分、息子には最後の最後まで心配が尽き
ませんでしたが、おかげさまで四月から新しいステージに立ちます。
 思い返せば、自閉症の疑いをかけられ、幼稚園入園から今日まで、「いつか学校に通うのがつらくなる日がくるかもしれない」という
心配を常に頭の片隅に置きながら息子と向き合ってきました。その子が高校受験ができたこと、そして見事にサクラを咲かせること
ができました。それ以上に、毎日元気に学校に通えたこと、たくさんの友達と出会い楽しく過ごせたことが、親の私にとって何より嬉し
く幸せです。
 3人の子供に恵まれひたすら走ってきましたが、今ようやく子育てに一区切りつきました。長女は今年20歳になります。看護学校で
日々学び、看護師としての責任と自覚が少しずつ芽生えています。次女はサッカー三昧の生活を送りながら、英語にも興味を持ち始
め、真剣に進路を考え始めているようです。4月から高校生になる息子も、姉2人と同様に自立に向けて一つずつ大きくなっていって
欲しいものです。日々成長する子供たちに私もしっかりとついていき、“親”というより“人生の良き先輩”としてその時に応じて必要な
ことを教え、伝えていければと思っています。
 ということで、48歳の私のテーマは「脱皮」とします。今まで子供たちに、手をかけ、目をかけ、言葉をかけてきました。これからは少
しずつ距離を置き、一人の大人として子供たちのお手本となれるよう生きていきたいと思います。それにはまず、もっと勉強しなくては
なりません(冷や汗)。新しい出会いを大切にし、多くの方や活動からいろいろと学びたいと思います。
 もうすぐ春本番。サクラの開花が待ち遠しい反面、花粉に悩まされておりますが、それでも春は特別な季節ですね。武先生の春は何
色でしょうか。きっとサクラの花びらのような暖かいピンク色の春でしょうね。
 先生のご健康とご活躍をお祈りいたします。  ANAN


エコー教育広報相談室の活動 2016年4月1日から2017年3月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。


 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                    31件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)            73件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)         1件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など           件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師               14回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内        
  16
            ・全国新聞教育研究協議会関係      
     2 回 
             ・当相談室来訪者      
        267
(509人)


2017年3月7日更新

                                 がんばったぞ今年も“新聞の秦野”


「タウンニュース」 2017年3月1日号


 平成28度 秦野市PTA広報紙コンクールの結果 (平成29年3月4日)
 ◎優秀賞  「ぎんなん」 東中学校   「丹沢の風」 本町中学校
 ◎優良賞  「稜線」 北小学校  「西のいぶき」 西小学校   「ほんちょうの森」 本町小学校   「みなみPTAかけはし」 南中学校  「西中PTA陽光」 西中学校         
 ◎佳 作   「さくら木」 南小学校  「南の風」 南が丘小学校   「しぷしょう」 渋沢小学校  「ほりかわ」 堀川小学校  「南が丘」南が丘中学校 
 ◎努力賞  「カリヨン」 上小学校  「せんだん」 東小学校  「ひろはた」 広畑小学校   「くず葉」 末広小学校   「北中PTAだより」 北中学校  「ふれあいの丘」 渋沢中学校  
 ◎奨励賞  「おおね」 大根小学校  「いっぽ」 鶴巻小学校  「大根中PTA」 大根中学校
 



2017年2月1日更新

エコー教育広報相談室の活動 2016年4月1日から2017年1月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。


 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                   26件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)           25件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)        件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など           件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師              14回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内          14

            ・全国新聞教育研究協議会関係      
      回 
             ・当相談室来訪者      
        222
(437人)



2017年1月1日更新

  内藤美彦先生と永久のお別れ
 いつも私を暖かく応援してくださいました ありがとうございました

 2016年12月3日、元秦野市元教育長内藤美彦先生と永久のお別れ。11月6日の出版記念の会でのご挨拶をお願いしたのだったが、そ
れは叶わなかった。
 明るい、大きな声で子供たちに親しまれていた。告別式で出会った内藤先生の教え子二人の言葉。「特に、理科の授業は楽しく、クラ
スの皆が目を輝かせて授業を受けた」。
 小学校の先生だった内藤先生とお近づきできたのは、先生の後任として教職員組合の役員をしたからである。今から40年前・1971年、
私が取り組まなければならなかったのは主任制反対闘争。始業時間に食い込む集会を何度も構え、実力行使(ストといわれる)もした。
何度も内藤先生の助言・助力をいただいた。疲れ果てた私を、時には小料理屋に誘ってくださり、飲みながらということもあった。ある日、
内藤先生は“当て振り”に興じられた。その歌は「旅の夜風」♪花も嵐も 踏み越えて 行くが男の 生きる道♪ 
 カラオケなど無い時代だった。アカペラで歌ったのはS先生と私。10人で満席になるような小さな店。先生はコンクリートの土間で ♪花
も嵐も 踏み越えて♪、と今思えば励ましの舞いだった。祭壇の遺影とそのときの“勇姿”が重なり合う。
「豪放磊落」に見えながら心はしなやかだった。「エコー」を含め、私の生活をいつも暖かく応援してくださった。ありがとうございました。
200人を超える教員や教え子たちが別れを惜しんだ。
 
 次は、内藤先生からいただいた「返ってきたエコー」です。

  『エコー』よ 響きわたれ                                   内藤 美彦
 『エコー』ははね返ってくるものです。いつも、紙面には快い反響が聞かれ、多くの人が武さんと結ばれていることを感じます。これはひと
えに、武さんの人を愛してやまない人柄からくるものであります。愛は人の悲しみ、苦しみ、願いを温かく包んでくれるのです。その人間愛
で紙面が飾られていますから、心が打たれるのです。心に響くたくさんの記事がありました。
 忘れられない一つに、「塩ジャケの弁当」の話があります。薪山で食べた父の弁当箱に、一口の米の飯と鮭が残されていて、それが子供
の楽しみであった、という話でした。父親のさりげない心遣い、それを喜ぶ子供に、家族の原点を感じるのです。私にも、60数年前に、祖父
との間に同じことがあり、たまらなく懐かしい思いがするのです。今の人にはきっと理解できないと思います。それを、記事としてまとめられ
た武さんに、限りない優しさを見いだすのです。
 そして、その優しい眼は、真贋を見極める確かなものでもあります。あたりのよい、いかにももっともらしいものに眼が潤むことなく、しっか
りと見破るのです。それは238号の「言葉は力 言葉を増やそう」が証明しています。
 作文で、一行の文でも800字に負けないくらいの楽しさを読みとるという教師に感激した親御さんに(こうした言葉に人は酔いやすいので
す)。学習の意味について説いておられました。ひと言が人の心を揺り動かすことはあります。しかし、ここでの教師はことの本質を掴んで
おりません。それを指摘され、真実を述べられたのでした。 
 こういった武さんと、「エコー」の読者は強い糸でつながっています。それが、さらに読者同士も結ばれ、意見交換ができると楽しみが増し
ます。こだま(エコー)は大きいほど魅カがあります。生きている喜びがこだまとなって響き合う世の中でありたいです。そのためにも『エコ
ー』のさらなる発展を期待してやみません。

エコー教育広報相談室の活動 2016年4月1日から2016年12月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをして
います。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。


 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                   23件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)           24件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)        件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など           件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師              14回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内          
8
            ・全国新聞教育研究協議会関係      
      回 
             ・当相談室来訪者      
        187
(368人)

2016年12月1日更新

 9月に行われた「秦野市中学生英語スピーチコンテスト」に出場した林くんのスピーチの要約です。

 Her name is K-chan            Kotaro Hayashi (中1)
 僕は、母に毎日のように叱られています。母が叱る時は犬3匹くらいの大きな声を出します。僕は、そんな母の声の大きさにウンザリ
しています。でも、母がうるさく注意してくれないと、僕はダメダメな生活を送ってしまうことでしょう。
 僕は、母にもつと感謝したいのですが、やっぱり母の声の大きさには我慢できません。叱る時は、せめて犬1匹分の声の大きさにし
てほしいという願いを込めて、「カーチャン」というスピーチをしました。
 このスピーチをここで聴いているカーチャンは、このあと《犬三匹分》の声で僕にいろいろ言うでしょう。でも僕はカーチャンが好きです。
カーチャン、いろいろありがとう。カーチャンを愛しています。

2016年11月1日更新

            新聞活動が伝統の一つとなっている神奈川県秦野市立東中学校は、その学校新聞「東中新聞」で創立70周年を振り返っている。
            9月17日に発行された1070号 でも「創立70周年記念紙上新聞展」を開いている。



 2016年9月30日更新
 
秦野市p連の情報委員・小林さんと鮎沢さんは、7月に東日本大震災の被災地・陸前高田市、気仙沼市、南三陸町、岩沼市、名取市を訪
れた。その折、持参した「秦野市P連だより」を三陸新報社に届け、批評をお願いした。その号は「大震災その時に備えて」の特集号なの
で、被災地された方たちからの之アドバイスを求めたのだ。(関連記事・本欄8月1日更新のページ)


 『三陸新報』(宮城県気仙沼市)  2016年7月26日号のコラム「萬有流転」
 東日本大震災時に、両親や祖父母が学校などに引き取りにきて、被害に遭った子供も少なくない。災害時を想定して、今も訓練などは続けられ
ているだろうか▼神奈州県秦野市PTA連絡協議会が、13日に発行した「はだのP連だより」に「大震災その時に備えて 引き取り訓練~災害時を
想定して~」が掲載。6月に学校ごとのルールで引き取り訓練が行われたことが綴られていた▼「兄弟がいる場合は学年が上の子から」「中学生が
小学校に移動して」「避難ルートが決まっている」「保護者の判断に」など、内容はそれぞれ。避難訓練時だけでなく、集団下校時や学活でも指導・
確認し、地域と協力できるように炊き出し訓練を実施しているところもある▼帰宅困難時のために先生が6班に分かれ、宿泊班を決めている学校も
あり、防災の研修会に生徒が参加、中学生は何ができるかを発表しているところもあった。東南海、南海地震が心配される地域でもあるが、有事
の際の対応に取り組んでいることが分かる▼被災地では町形成が急務。しかし、そのことだけに気を取られていないか、大地震の教訓を生かして
いるかなどを、あらためて考えさせられた広報紙だった。  

 2016年8月1日更新

 神奈川県立秦野高校創立90周年記念事業「東日本大震災被災地ツアー」に協力

 秦野高校は私の母校、その秦野高校の久保寺忠夫副校長先生から、次のようなお手紙を頂いた。
 
 武 勝美 様
 先日は、秦野高校創立90周年記念事業・東日本大震災被災地ツアーの実施に際しましては、三陸新報社へのきめ細かいご配慮等を賜りまして
ありがとうございました。お陰様で、大変有意義な、次に繋がるツアーとなりました。参加された皆様も、大変大きなインパクトがあったようで、実感
された様々な事柄を感想として書かれています。
 秦野高校としましても、今回の成果が次につながるよう、広報も含めて周知できればと考えています。武先生には、本当に資料のご提供等、現地
との繋がりを作っていただき、感謝申し上げます。今回のツアーの成功も先生のご配慮の賜物でございます。
 取り急ぎ、報告書を作成いたしましたので、ツアーの様子と参加者の感想等をご一読いただければと思います。今後とも、秦野高校の発展に向け
て、ご指導賜りますようお願いいたします。
   平成28年7月23日   
                                                              秦野高校副校長  久保寺忠夫
 

 母校秦野高校は今年創立90周年、その記念事業の一つとして「東日本大景災 被災地交流ツアー」を持つことを知った。(次がその概要)

 神奈川県立秦野高等学校 創立90周年記念事業 「東日本大景災 被災地交流ツアー」
 1 目的
  ①東日本大震災に係る過去から現在までの状況を正しく理解する
   ※発生の状況、復旧・復興に向けての取組み、現在の状況 など
  ②学校や地域における防災活動(減災)に役立てる
   ※自助と共助、防災に向けた学校や地域の取組み、地域連携 など
  ③他の災害を含め、被災者の心情と未来を見据えた行動について考える
   ※正しい情報の収集方法、ボランティア、風化と風評の防止 など
 2 実施日
  平成28年7月15日(金)21時 秦野高等学校を出発 ~7月17日(日)20時30分 秦野高等学校に到着(+東海大学前駅)
 3 参加者 生徒、教職員、保護者、卒業生+付き添い看護師1名
 4 行程 岩手県陸前高田市⇒ 宮城県気仙沼市⇒ 南三陸町⇒ 岩沼市⇒ 名取市・・帰路
 5 ご協力いただく方
   ・村上育朗様 教育未来研究会「そうぞう」代表′[陸前高田市]
   ・宮城県立気仙沼高等学校[気仙沼市]+[南三陸町]
   ・宮城県立名取高等学校[岩沼市]+[名取市]
      
 卒業生の一人としてこの記念事業を成功させたいと思い、勝手に三陸新報社・渡邉専務に情報を提供した。すると新報社は直ちに共鳴してくれた。

 「三陸新報」(気仙沼市) 2016年7月15日のコラム『萬有流転』
 今月11日、東日本大震災から5年4カ月が過ぎた。「物はいくらあっても不足する。しかし、分かち合えばいきわたり、譲り合えば余りある」は、6月9日、
防災避難訓練の講評として、名取高校の土生善弘教頭先生が生徒に話した言葉である▼神奈川県立秦野高校では、今年創立90年を迎えた。その記
念事業として「被災地交流ツアー」を企画した。内容を見るとかなりの強行軍であり、弁当食もあるが、コンビニで夜と朝の分を購入して食べ、名取高校
の体育館での「宿泊体験」は、寝具の塁思をせずに泊まるという▼生徒や家族、卒業生など40人ほどが、陸前高田市から気仙沼市(気仙沼高校・旧気
仙沼向洋高校など)、南三陸町を経て名取高校に向かう。きょうほ旦仮に秦野高校を出発し、1泊2日の行程である。震災後、気仙沼高校の教諭をはじ
め、多くの人の講演会を開き事実を受け止め、いかにして未来へ向かうかを考える▼秦野高校の姿勢に共感し、どのように震災を伝えていくか、一つの
方法を示唆された気がする。参加者は震災を自分のこととしてとらえ、自己の記録としてまとめる。短時間の被災地滞在だが、多くのことを吸収してほし
いと思う。

 そして、当日取材に入ってくれた。(下の記事参照) 。「差し入れ」もあったと聞いた。この参加者の中に、今年度の秦野市P連の情報委員Kさんは次のよ
うな感想を綴った。

 ツアーの冊子と一緒にいただいた「あの日のこと」、涙なしには読めませんでした。年月が経ち、『支援はもうよいのでは』という声をちらほら聞き、私自
身そう思っておりましたが、改めて支援の必要性を感じました。いろいろな事業も、もっと地元や被災された方の声を聞いて行う必要性かあるのでは、と
思いました。
 村上育朗先生のユーモアたっぷりのお話、「大変な時こそユーモアが必要」、そのとおりだと思います。気仙沼向洋高校での校舎の中の車、衝撃的でし
た。皆さん被災され、つらい思いがある中で、私たちに伝えようとする気持ち、手厚く歓迎してくださる心、に感謝の気持ちでいっぱいです。
武道館に一晩泊まって、他の人の動き、声、床に直接寝る、そんなことの大変さが身にしみました。この状態を秦野に帰って、家族や友だちに伝えたいと
思います。閖上地区の話、佐藤正憲先生の涙、忘れられません。

三陸新報 2016年7月17日


地元秦野のタウン紙『タウンニュース』もこのツアーの成果を報じた。


エコー教育広報相談室の活動 2016年4月1日から2016年7月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをしています。
編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。

 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                  14件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)           19件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)        件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など           件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師              14回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内          
3
            ・全国新聞教育研究協議会関係      
      回 
             ・当相談室来訪者      
       75
(154人)
                    「みちしるべの会10周年記念誌」編集会議   4回




2016年6月1日更新

 
卒業式の日に発行された『東中新聞』

 
 あれから2カ月経った5月11日に発行された『東中新聞』1059号 ↓



エコー教育広報相談室の活動 2016年4月1日から2016年5月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをしています。
編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。

 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                  12 件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)           16件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)        件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など           件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師              12 回   
            ・子育てなどの相談               
            ・「ふるさと」講座・案内          
3
            ・全国新聞教育研究協議会関係      
      回 
             ・当相談室来訪者      
       29 組
79人)
                    「みちしるべの会10周年記念誌」編集会議    3回

2016年4月7日更新

 卒業式の日に発行された『東中新聞』
  「東日本大震災を忘れない」 

 神奈川県の公立中学校は3月14日が卒業式だった。『東中新聞』はその日、1055号(手書き・4ページ立て)と、「号外」(こちらも4ページ立
て)を発行した。いずれもB4判。この1055号は発行日が3月11日付けで、1面のトップ見出しは「ひまわりの種が伝える東日本大震災」。()
 昨年の暮れ、福島に住む東中の卒業生・及川さんが私に「ひまわり」の種を送ってきた。彼女の家は今も除染のことで苦労している。「先生、
忘れないでください。東北を」とひまわりの種を届けてきたのだ。こんなたよりも添えられていた。
 「汚染水漏れや放射性廃棄物の浜通りへの運び入れのことなど新聞に載らない日は無いのですが、県民でさえその事故へ
の意識は少しずつ薄らいできています。私が住んでいるところは今でも0.17マイクロシーベルトです。今年も近くのJAは米
の全袋検査をしています。自家用でも検査をしないと食べることができません。林や森は除染されていないので、山菜やき
のこは線量が高くて店には並んでいません。市内に住む娘の地区は、この10月に庭に埋めておいた汚染物は別の場所に移さ
れたようです。袋の耐用年数は3年と聞いています。我が家はまだです。」


 教室で作られる新聞の在るべき姿
 3月8日、全国学校新聞コンクールで優秀賞を得た『東中新聞』の高橋委員長と倉持先生が、その表彰状を私に見せにきてくれた。その折り、
私は「及川さんとひまわりの種」のことを二人に話し、種を預けた。卒業する三人の広報委員は及川さんの心を強く受け止め、そのことで新聞
をつくることにしたのだ。
 三学期に発行される学校新聞は、多くの場合卒業記念号になる。『東中新聞』も同じように「未来へ歩き出す」との見出しで卒業を祝う「号外」
を作った。
今年度の『東中新聞』は、月3号の発行のペースを保ち続けた。そして年度最終号に「東日本大震災を忘れない」を訴えた。この一年間の『東中
新聞』に、私は教室で作られる新聞のあるべき姿を見たような気がする。
 卒業式を終えた高橋、橋本、池谷さんの三人が、その8ページの『東中新聞』を持ってきてくれた。私は三人の卒業を心から祝い、握手を求め
た。

 そして4月4日の夕方、『東中新聞』を作った二人・高橋さん、池谷さんが高校の制服姿で訪ねてきた。入学式は6日なのに、制服を見せにきて
くれたのだ。


エコー教育広報相談室の活動 2015年4月1日から2016年3月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをしています。
編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。

 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                     35 件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)             203件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)          6 件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など            2 件
 ③その他の活動       ・新聞・広報づくり講座講師                 36 回   
            ・子育てなどの相談                3
            ・「ふるさと」講座・案内         
  18
            ・全国新聞教育研究協議会関係      
       5 回 
             ・当相談室来訪者      
        249 組
468人)
                        「みちしるべの会10周年記念誌」編集会議  15回



2016年3月7日更新

 いまどきのPTA広報紙  秦野市の小・中学校の2紙を読んでみる 全国コンクールの入賞校の講評から

 『西のいぶき』 神奈川県秦野市立西小学校PTA
 『西のいぶき』は3年連続の優秀賞受賞。過去10年間で優秀賞5回というPTA広報の伝統紙です。この伝統は「良いPTA広報紙は良いPTA活動
の中から」育ったと、紙面から感じました。PTA本部主催の「西小の森」での「クサイチゴ摘み会」。戦後70年の今年「戦争の記憶をつなごう」と、児
童に戦争に関わる本を紙上で紹介した広報委員会。「西っ子バザー」の収益金は15万円超。さらに資源回収、親子草むしり作業日、下校パトロー
ル、フラワーアレンジメント講座などなど、西小PTAは“元気いっぱい”です。
 子供たちへの目は離さないのも『西のいぶき』のすばらしさです。253号では「夏休み!なにやる?どれやる?」と、家での夏休みの過ごし方を提
案しています。254 号は11月発行ですが「知りたい 西っ子コミュニケーション」で3ページの特集は分かりやすいように見易いグラブでまとめてあり
ます。
 「楽しく活動」が今年の広報委員会乗のモットーだそうですが、レイアウトや写真に明るさ、楽しさが見えます。11月までに発行された3号の総ペ
ージ数は26。原則はカラー印刷ですがその内の8 ページは学校印刷でモノクロです。全ヘージ新聞ソフトを使って会員が整版します。今年度の広
報委員会費は24万円。3月に6ページ版を発行するそうです。
 広報委員会の予算は千差万別です。『西のいぶき』の24万円(会員数618)の妥当性はさて置き、次年度の活動の参考に読んでみてください。
 この講評欄に二紙が取り上げられている秦野市の22小・中学校PTAの広報委員会の活動(平成26年度の発行について)の数値
 ◇小学校13  発行回数・平均35回・平均4.7ページ 最多発行回数6回で32ページ ◎広報活動費 最高336,500円 最低68,480円
 ◇中学校9  発行回数・平均4回・平均5.3ページ 最多発行回数・5回で34ページ ◎広報活動費 最高360,000円 最低77,428円

 『ふれあいの丘』 神奈川県秦野市立渋沢中学校PTA
 中学校のPTA広報紙としてその質・量ともに優れています。量で言えば、12月15日に今年度第4回(A4判で8ページが3回、4ページが1回)が発
行されました。しかも、新聞ソフトでの手作り、全号自校印刷です。
 質的に眺めてみると、先ず目に付くのは第1ページ・表紙です。子どもたちの豊かな学校生活のようすが写真で伝えられ、そのシーンをさらに印
象深くする詩・次のような詩・が添えられています。全号の表紙がこのスタイルになっています。詩は広報委員会の作です。桜の下を通って/この
坂を登っていこう/少しくすぐったい気分で/ 制服姿の友人たちに加わろう/これからまた/笑ったり 悩んだりして/一緒に日々を紡いでいこ
う/新しい三年間の/今日は 始まりの日(第116号・5月発行)
 充実した、変化に富んだ各号の企画や話題を紹介します。次年度の広報紙づくりの参考になると思います。
 116号(5月発行) ・総会の報告と役員紹介 ・教職員紹介 ・制服リサイクル ・緊急時引取り訓練の予告 ・シリーズ「今は昔のものがたり
 ・渋沢再発見」(以降全号) ・今後のスケジュール(以降全号) 
 117号(7月発行) ・なぜ渋中は変ることができたのか ・渋中生のお弁当事情 ・教えて 進路を決めた方法を ・各種委員会の活動報告
 ・修学旅行など校外学習
 118号(10月発行) ・学校祭 ・学級懇談会の予告 ・「わたしの時間」の作り方 ・ようこそ図書館へ ・夏の輝き 部活動 
 119号(12月発行) ・保護者の見守りが必要 携帯スマホ ・懇談会って何のためにあるの ・職場体験「〈働く〉ってどんなこと」
 ・各種委員会の活動報告 ・卒業したら制服を ・アルミ缶回収で表彰
 アンケート調査も数多く行われ、会員の声を拾い上げる努力をしています。見出し・レイアウトなど編集技術も秀でていてお手本になります。



2016年2月7日更新
 現職のころ、生徒指導で最も苦難な時期を一緒に過ごした中野敏治先生(現・中学校校長)のご著書です。


2016年1月1日更新
秦野市立東中学校一学年「地域学習・まほら秦野」   第3回(2015年12月15日)
 
 秦野の民俗行事・ダンゴ焼き
東中学校一学年「総合的な学習の時間」で授業。年三回の最終回は「秦野の民俗行事・ダンゴ焼き」。この日は学区内の道祖神を
映像で紹介したので聴くことに集中してくれた。
授業の感想
 
ダンゴ焼き やっています
 僕は名古木に住んでいて、小泉商店の近くなので、そこにある道祖神をことがいろいろ話してくれてよかったです。ダンゴ焼きはやっ
ています。子どもがタイコを鳴らして、地域の人にダンゴ焼きに来るように呼んでいます。帰りに道祖神の「祖」の字が「」と書いてあ
るというのを確かめてみます。落合の道祖神の「道」が「衜」ということも初めて知りました。先生の話を聴いて東地区の道祖神を調べ
てみたいと思いました。先生の講演会三回とも初めて知ることばかりでした。秦野のことをいろいろ知りたいです。   

 今日で三回目ですが、たくさんの話をしていただいてほんとうに勉強になりました。今回は道祖神の話ですが秦野市の道祖神の数は
全国で三番目に多いなんでびっくりしました。お宮は武士のもの、お金持ちのお墓はお寺にある、だから貧しい人はお宮の神様やお寺
の仏様にはお願いにいけない、だから近所の人と相談して道祖神を作ってお祈りをした。この話に、昔の人々の生活は大変だったろう
なと思いました。   幸実

 
貧しい人たちの願いが込めらている道祖神
 私は今まで道祖神などあまり気に留めていませんでした。ですが、今回の話を聞いて、これから注意深く道祖神を見ようと思いました。
道祖神の歴史は、昔は神社や寺院は武士や有力者のものだったので、平民は神や仏にお願いに行けなかった。それで病気を防ぐため
に道祖神を立ててそれにすがった、それが道祖神の起こりと知りました。貧しい人たちの願いがこめられているのが道祖神。これからも
秦野のいろいろな歴史に関心を持っていきたいと思います。  

 東地区の道祖神の数、それが立っている所を教えていただきました。ありがとうございます。私は道祖神祭りのときおじいちゃんの家に
行き、ダンゴ焼きに行くのですが、ダンゴは三つ焼けばいい、という話、とくに牛や馬に食べさせることと知り、おどろきました。今回教わっ
たことを家の人や近所の人たちに教えてあげたいと思いました。  

 印象に残ったことが二つありました。一つは秦野の道祖神の数です。二つ目はダンゴを焼くのは三つで、一個は道祖神に上げる、二個
目は自分で食べる、三個目のダンゴは持ち帰って家畜に食べさせるという話です。武さんの話すことはどれも知らないことばかりなので興
味がわきます。またお願いします。  伊織

 講演会 とてもおもしろかったです。紙芝居もおもしろく楽しかったです。いつも帰りに通る道に道祖神があると聞いて、今日帰りに見てみ
ます。秦野にはたくさんの道祖神があると聞いたので家の人に話します。よその学校の友達にも教えたいです。  彩花

 
秦野の道祖神の数に驚く
 武先生の話を聞いて一番びっくりしたのは秦野には道祖神が309もあるということ。そして日本で三番目に古い道祖神が北地区にあると
いうことでした。僕は、道祖神は五街道に関連したもと思っていましたが、神社にもお寺にもお参りにいけなかった昔の人たちが作ったとわ
かり納得しました。作った道祖神が道を安全に歩けるように道のそばにおいてあることもわかりました。小学生の間は道祖神をやっていま
したが意味がわかりませんでした。でも道祖神は子どもを守る神様だと聞いて、子どもがやるお祭りだということもわかりました。名古木に
は5つ道祖神があるというので全部見つけてみたいです。  聡人

 なぜ道祖神があるのか。なぜダンゴを焼くのかなど疑問に思っていたことがよくわかりました。私は前、千葉県に住んでいましたが周りに
は道祖神はなかったように思います。今思えば不思議ですが、今日その謎は解けました。道祖神は文字だけの一種類だけと思っていまし
たが、そうではないようで驚きました。なぜ道祖神が富士山を中心にした地帯に多いのかを知りたいです。武先生が出した宿題「道陣」の
「」の字、私は「福」の省略の字だと思います。  葵利香

 「左義長」や「セートバレー」のことも知りたい
 今回のテーマが「ダンゴ焼き」とわかったときからずっと気になっていました。道祖神祭りにもいろいろの名前があり、私が知っていたのは
「ダンゴ焼き」、「ドンド焼き」でした。「トッケダンゴ」は今日わかりました。ほかに「左義長」や「セートバレー」があるようですが、その呼び名に
ついて知りたいです。次のときに教えてください。  成美

 焼いたダンゴを持ち帰って、飼っている馬や牛に食べさせるということ。「トッケダンゴ」とは、ダンゴを順繰りに取り替えることで「みんなで幸
せを分かち合う、悲しみを分散させる」という意味だと知り、昔の人の考えはすばらしいと思いました。  美結

 たけさん 今回も楽しい話ありがとうございました。私は道祖神が何にかは知りませんでした。でも道祖神が道端に立っていて通る人にけが
がないように見守ってくれていると聞いておどろきました。私の登下校のときも私を見守ってくれる道祖神がいるのですね。次も私たちの知ら
ないことをたくさんもってきてたくさんおどろかせてください。  彩乃

 お坊さんの道祖神はおじそうさんで、あの世に行く人を案内するのだということを知りました。  陸人

 
これからもこの活動を続けてください
 僕は秦野に住んで13年ですが、秦野のことは教えてもらわなければ何もわかりません。武さんのような方がいるのはとてもいいことだと思いま
す。これからもこの活動を続けて下さい。  正貴

 
武先生の秦野への熱い思いを感じました
 今日、道祖神の意味や豆知識を教えてもらい自分は嬉しいです。「目一つ小僧」の話を紙芝居にするなど、一生懸命がんばっていられて、
武先生の秦野への熱い思いが感じられました。私たちも武先生の思いを受け止め、自分たちの育った秦野について知識を身につけていきた
いです。   慶梧

 講演で映された道祖神の一つは自分の家の近くにあります。その道祖神が秦野で一つと聞き驚きました。今日改めて見たいと思います。今
日の話はとても楽しかったです。また開いて欲しいと思います。武先生、これからもその豊富な知識を東地区をはじめ秦野の市民に分けてあ
げてください。知らない人が大勢いると思うので、教えてあげてください。   

 武先生の三回の話を聞いて、秦野はすばらしいところだと改めて思いました。本当にありがとうございました。  明日香

 今日の講演会でまた一つ秦野のいいところが見つかったような気がします。   

2015年12月7日更新
 2015年12月4日第3時限・4時限  
  秦野市立東小学校第3学年(101名) 「総合的な学習」の時間 

     

 「秦野地方の道祖神祭り」   指導者 武勝美
  (導入・自己紹介を兼ねて) 秦野と源実朝と武常晴 
 1 道祖神の数 ・都道府県別 ・市町村別 ・秦野市内の地区別
 2 東地区の道祖神はどこにあるのだろう
    写真を見ながら場所の確認   
 3 道祖神はどんな神様 (なぜ祀られるのか)
   キイワード ①健康 ②交通安全 ③豊作
  (休 憩)
 4 紙芝居「目一つ小僧」
 5 秦野地方の道祖神祭り「ダンゴ焼き(トッケダンゴ)」について
 6 道祖神祭りの太鼓のリズム
 7 質問タイム
 8 譜久村さんが夏休みに作った「道祖神」の壁新聞を見る

2015年11月7日更新
 朝日新聞 2015年10月3日be版「フロントランナー」の記事(インタビューの一部)

 「秦野で育っていなければ指挿者になってなかった」 山田和樹さん 指揮者 
                                                      1979年 神奈川県秦野市生まれ
★東京芸術大学指揮科に進み松尾葉子と小林研一郎に師事。★2009年、仏ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。スイス・ロマン
ド管弦楽団の首席客演指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、東京混声合唱団音楽監督などの要職に相次いで招かれる。
16年9月、名匠ジェルメッティにも率いられたモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽・芸術監督に就任。
★現在はベルリン在住。2児の父。

 ― 音楽とはどのように出会ったのですか。
 幼稚園で木下式音感教育法というのをやっていて、そ
 こで歌うことの楽しさを知りました。少年時代は緑豊かな神奈川の秦野で過ごしましたが、この地に育っていなければ指挿者になってなかっ
た気がします。
 ― どういうところだったんですか。
 丹沢山のふもとで、田舎です。小学校のとき、授業でジャガイモとかを育てるんですが、その肥料が馬糞とか牛糞なんですよ。手づかみで
こう、まぜたりする。都会の子供には絶対させないですよね。
 ― 汚い、という先入観ができる前に触らせる。
 近所の神社に大きなイチョウの木があって、秋が来るたびあの特有のにおいに何かの終わりを感じ、切ない気持ちになりました。それでも
冬が来ると、丹沢山に堂々たる雪がかぶって。終わるもの、始まるもの、すべての世界が美しかった。あの自然の手触りが、今の自分の音
楽の奥底に間違いなくあるはずです。

2015年10月7日更新
2015年9月7日更新
2015年8月7日更新

 新聞づくりで親子の繋がりを
 先日は親子新聞づくりのご講義をしていただきありがとうございました。参加者は先生のお話から新聞づくりがもたらす
メリット、更にはそのノウハウを学ばせていただき、どんな新聞をつくろうかとそのイメージを持てたようです。
 この夏休みの親子新聞づくりをきっかけに、保護者はわが子の良いところを発見できたり、子どもたちは一緒に新聞づ
くりをする保護者の姿勢に喜びを感じ、親子の繋がり、愛情がさらに強くなることと思います。
 夏休み明けに園で展示会を開きます。ぜひご来園いただきご指導を賜りますようお願い申し上げます。
                                                    本町幼稚園   加藤しのぶ

2015年7月7日更新
 東中学校一学年  「地域学習の時間・6月25日」の感想  

 ふるさとを知り ふるさとを愛し ふるさとを育てる
  小・中の校歌にとりあげられていた地域の名はあまり気にしていなかったので、ていねいに教えていただき、とても地域についての関心
や知識が深まりました。普段、親に教えてもらえない事まで教えていただいたので自慢したくなりました。今は知ることの出来ない昔のこと
や、東中の歴史、「大イチョウ」も、すごくキレイであんな大きな木が植えられていたなんてびっくりしました。これからの講演も楽しみです。 
                                                                       彩楓

 東小・中の校歌に「阿夫利」(雨降り又は大山)が入っているけど、大山が、雨降り山と呼ばれていることや、「希望の泉」などと呼ばれる
泉があることは知らなかったので、校歌を歌うときに「あれのことだなぁ」や「あそこにあるなぁ」と思えることで、歌い方が変わると思います。
また、他にも東田原や東中学校がある寺山などの特徴が分かったのでとても良かったです。次は10月ですが、地名についてもっと知りたい
と思いました。                                                               優一郎
 
 武先生の話の中で、大山につづく二つの道のひとつの坂本道の由来となった坂本という地名が気になりました。今は坂本という地名はな
いですが、江戸から静岡から来て大山に向かう人の休憩地でにぎわっていたはずなのに、なぜなくなってしまったのか気になりました。ほか
にも、清水湧水地跡の近くからの縄文時代、弥生時代の石器が見つかっているということが初めて知ることができたので、面白かったです。
小学校の校庭を掘ってみても石器などがみつかるかな?と思いました。掘って探してみたいです。しかし、どこを掘ったらいいのかわからな
いので、見つかりそうではないです。 
 武先生の話で、今まで僕が知らなかった秦野について知ることが出来たので面白かったです。二回目、三回目もよろしくおねがいします。   
                                                                        聡人

 講演会を開いて、まずは、話をしてくれた武さんに感謝しています。あのいちょうの木は、幼稚園からずっと知っていて、あの木は、ぼくたち
が成長していくのと一緒に成長していて、今あんなに大きくなって、樹齢200年くらいと聞いて驚きました。校歌に使われている「波多野城址」
は、あそこに城があり人が住んでいたことを知りました。  
 大山に続く坂本道を通って大山に行ったことはありました。そして中学校の下にある湧き水があり、道路の拡張などで水が出なくなり、それ
で地元の自治会の人がそのことを子どもたちに教えようと記念碑を作ってそこに校歌のことの意味も書いてありびっくりしました。                                                                                                        楓二

 ぼくは、講演会を聴いて、ふるさとを知ることが出来ました。いろいろと印象に残ったところがあります。まずは、大山が雨降山という名で、
昔、農作物が枯れそうになると雨降山に祈っていたという話です。二つ目に東中学校の近くに湧き水があったという話です。武先生は、東中
学校を建てる前は、湧き水の池があったと言いました。ぼくはそのような武先生の話が印象に残りました。          

 自分の全く知らない秦野(東地区)の歴史を知れて、将来の秦野のため、又は子どものためにこういう講演会の1回目を聞いておいて良かっ
たと思います。この先、40年、50年もたてばこういう遺構は消え、証拠がなくなってしまうので、自分たちが覚えておいて子どもたちに伝えて、秦
野の歴史を後世に伝えられればいいなと思いました。
 今のまほろば大橋は「まほら」と同じで、「真秀ら」という漢字が当てはまるということは初めて知りました。こういうのも知識として活用します。
自分は、歴史とかこういうのが好きで、去年は京都、大阪で、今年は姫路城と歴史に関係あるところに行くのが楽しいです。
 又、近くの道祖神なども話に出たので、その場所に建てられた由来などを第二回目、第三回目で受講して、頭の中に詰め込めれば良いなと思
いました。
 毎年のように行っている大山も行きなれて、普通の山だと思っていましたが、昔の人が雨が振らなかった時に神聖な山「雨降り山」として感じ
ていたとは、全く考えられません。 たぶん、武先生も地域の人たちから歴史の話を聞いていたと思うので、老人になってやることがなくなったら、
「まほら秦野みちしるべ」みたいな会に入って、地域に貢献できれば良いなと思いました。                    齋藤

 2015年6月1日更新




 2015年4月1日更新




エコー教育広報相談室の活動 2014年4月1日から2015年3月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをしています。
編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。

 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                 36 件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)         231 件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)      11 件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など         件
 ③その他の活動        ・新聞・広報づくり講座講師           43 回   
            ・子育てなどの講演              回
            ・「ふるさと」講座・案内        
21
            ・全国新聞教育研究協議会関係        
6 回 
             ・当相談室来訪者      
     256組 (586人)


 2015年3月1日更新
 20数年前の学級通信を整理していたら、こんな文に出合った。どこで手に入れたものだろう。“若かった”と思う。

 『教育』に関わる言葉・文字の持つ意味
 ・ラテン語 『エデューコ』
 お産婆さんが〈赤ちゃんを引き出す〉という意。そこから〈才能を引き出す〉という意味の『エデュケーション』という言葉が生まれました。
 ・ラテン語 『クレレ』
 『クレレ』は〈走路〉という意味の語。それから『カリキュラム』という語が派生しました。子どもが学校で教師の指導のもとに学習する道すじがカリキュラム。〈教師は子どもの進路を設定し、指導する〉という意味も持っています。
 ・ギリシャ語 『スコーレ』
 『スクール・学校』の語源。学び、遊び、余暇という、3つの異なった意味を、たった一言で表す言葉です。人間はただ働くだけでなく、人間としての資質を高めるための「知的な時間」を持つことが最高の幸せなのだ、と今から二千数百年前、当時のギリシャ人たちが持った思想です。 その思想の実現のために学ぶところが学校。〈ゆとり〉という意味も持つ。
 ・フランス語 『エマンパシオン』
 『教育』という語。〈成人すること〉〈奴隷解放〉の意味も持つ語。
 ・漢字 『教育』
 〈鞭で打って習わせ、育てる〉。


エコー教育広報相談室の活動 2014年4月1日から2015年2月28日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをしています。
編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。

 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                 33 件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)         194 件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)      11 件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など         件
 ③その他の活動        ・新聞・広報づくり講座講師           41 回   
            ・子育てなどの講演              回
            ・「ふるさと」講座・案内        
20
            ・全国新聞教育研究協議会関係        
4 回 
             ・当相談室来訪者      
     232組 (522人)

2015年2月1日更新

 本もペンも持てる幸せ
                                                     浦田江里子
 ノーベル賞受賞式のようすをご覧になりましたでしょうか。会場のストックホルム市庁舎は、800万個のレンガを積んで作られた重厚、
荘厳な建物です。ここで行われた受賞式や晩餐会は、格式高くも、形式ばらない、人と人の距離感が近い、あたたかいものに感じました。
「終わりなき問いに答え続けた末の結果だ、リスクを恐れず、若者は、新しいことに挑戦してほしい」と、日本企業では研究環境に恵まれ
なかった中村さんのあいさつがありました。
 数年後、社会に出る理系の息子の顔が目に浮かびました。目先の成果、結果が評価につながる現代において、若者にとっても、アドバ
イスしたい親にとっても、なかなか難かしい課題だなあ、と思えました。
 一方、一冊の本、一本のペンについて語ったマララさんの言葉には、本もペンも持てる幸せを感じました。本が、ネットと違うところは「知、
情、意」を得られること、と立花隆さんが言っています。まさにそのとおり、と共感します。

 平泉中学校の教育
  平泉・毛越寺でのエピーソード(武注・316号「北上だより」を参照)の続編です。
 毛越寺でガイドをして下さった平泉中学校宛に簡単なお礼状を出したところ、学校から三年生の集合写真と代表の生徒さんからお便りが
届きました。美しい文字で立派な文章、感心することしきりでした。そのお便りによれば、平泉中学校では一年生は写経と座禅の体験学習、
そして「平泉検定」を行い、二年生は「平泉の大文字焼き」の火床作り、三年生は修学旅行先の東京で、手作りパンフレットを配り平泉のPR
をしているそうです。平泉の歴史と文化を担う責任があると書いてありました。ほんとうにすごいと思いました。   渡辺 知子

2015年1月1日更新
 東中学校一学年「総合の時間・地域学習」のまとめ(生徒の感想)

 「トッケだんご」をやってみたい
 秦野市内にはたくさんの道祖神さんかいることがよくわかりました。しかもうちの近くにすごい道祖神さんがあるので驚きました。こんどしっかり見にいきます。「目一つ小僧」の話はとてもおもしろくて、道祖神さんが帳面を燃やしてくれてよかったなあと思いました。  美奈

 三回も来ていただき秦野のことをたくさん教えていただきありがとうございました。私は小学生のときは初めからドンド焼きに参加していました。中学生になったのでいけませんが、今日ドンドド焼きの意味や始まりなどを詳しく教えてもらい、道祖神を大事にしなければなあと思いました。  ゆりあ

 今回のの講演もとってもおもしろかったです。「目一つ小僧」の話は初めて聞きました。私は1月14日におばあちゃんとおだんごをつくり、どんど焼きに行っています。今年もおだんごを作って行きます。そしてじっくり道祖神を見ようと思いました。  しずく

 三回の講演で秦野のことをたくさんおしえていただきました。武先生の話のお陰で、家族でいろいろと話が盛り上がっています。きょうの話で、落合に珍しい道祖神があるのがわかったので見に行ってみます。また話をしにきてください。  龍翔

 三回の講演の中で私の心に残ったのは、校庭の中に大きないちょうの木があったということです。今は隅に植え替えられているいちょうの木を眺め、この木は地域の人に愛されているんだなあと思っています。  咲希

 優しく丁寧に東地区のいろいろなことを教えていただきありがとうございました。東地区だけでも45の道祖神があるということ、おどろきました。是非見たいです。  未歩

 印象に残った話は道祖神祭りやどんどやきのこと。びくりしたのは「トッケだんご」のこと。 冴良

今日の道祖神の話で名古木にある杯を持っている道祖神さんはウチの近くにあります。そこで毎年どんど焼きをやってきました。先生に今日教えてもらわなければ絶対記が付かなかったと思います。ありがとうございました。  あこ

 写真など使って分かりやすく説明してくれたのでよく分かりました。私はまだ「トッケだんご」をしたことがないので、実際にやってみたいなあ、と思いました。  美羽

2014年12月1日更新

 ダーリング
 野山の木々も色とりどり美しい時期となりました。先月の同窓会の折には、お忙しい中御出席頂き、ありがとうございました。
 先生の姿を見るといつも思い出すのは教室の机の上に飾ってあった黄色いフリージアの花謝恩会の時、歌ってくださった"出船"の
曲です。「今宵出船かお名残おしや~♪」 当時は歌詞を深く考えていませんでしたが、旅立つ私達を暖かい心と優しい眼差しで送り
出してくださったのだと、年を重ねるにつれ、感じるようになりました。同窓会や卒業生の中にも先生の姿を見るとホッとして、又私た
ちの目標であったり道標であったり・・・そう感じる人も多いのではないでしょうか。
 但し、骨密度100才並とはビックリ!!今でもおそくないですから、牛乳を飲んで小魚を食べて、転ばないよう充分注意して下さい。
(こんな私が申し上げるのは心苦しいのですが私もいつも心がけている事であります)
 私事になりますが、92才の父と90才の母が健在です。父は介護度5でありますので施設等お世話になっていますが、春と秋の過ご
しやすい時は、自宅に戻ってもらい、ほんの親孝行の真似事をさせてもらっています。老いて行くことの大変さもつくづくと教えられる日
々です。幸いにも母が元気でいてくれて私たちも皆そこそこ元気で過ごせる幸せをありがたく思っています。
 なんだか自分のことばかり書いてしまいましたが・・・。またお会いする日を楽しみにしています。寒くなって来ましたのでお身体を大切
にお過ごし下さい。  須山 悦子

 10月の中ごろ 63歳になった教え子たちの会に招かれた。上はその中の一人からのたよりである。

 会の中で「中一の孫が、学校で先生の新聞づくりの話を聴いている。広報委員になって『東中新聞』を頑張っている。広報委員のみん
なは、武先生のことを“新聞のおじいちゃん先生”と言っているらしいよ。」と笑う。
 “おじいちゃん”とそう呼ばれる時が来た! でもその前に「新聞の」という冠が付く。素直に“おじいちゃん”を受け入れよう。外見はもち
ろん、話の中身も、ロレツさえも“もおじいちゃん”。
 「Mって言う名前、今度がっこうに言ったら声を掛けてやって。Mはばあちゃんの一文字を入れて付けた名前なんだ」と少し照れながら
もうれしそう。
 その席に小学3,4年生くらいの男の子を連れたお母さんが入ったきた。そして、私を見るなり「あっ、校長先生」と驚く。父親に頼まれた
ものを届けに来たのだと言う。
 彼女はEさん、バスケ部だった。彼女が入学した年、顧問の先生が代わり、生徒たちは自分たちで練習メニューなど作って活動を始め
た。その活動について私が朝会で紹介したことを覚えている、と話す。「それから私たちバスケ部は自信を持つことが出来た。そして勝て
た」。そんな思い出話をして帰っていった。
 沢田研二が歌った「ダーリング」を、今、熟年にはやっている中折れ帽を目深に被って歌ったK君。そのソフト帽を私の頭に載せ「似合う!
 先生にあげる、プレゼントする」。
 いまそのソフト帽は本箱の上に収まり、私を見守ってくれている。
 

2014年11月1日更新
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    9月27日の「歌壇」で出合った一首。
     精神は白髪交じりにならぬよう茨木のり子の詩集を読みおり              高橋 潤子
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 PTA広報紙の年度第1号は、先生紹介が定番。保護者はもちろん子どもたちにとっても必要で人気もあるページである。
 そこでの「先生紹介」は、顔写真、担当するクラスや教科などと共にいくつかの個人情報?も開示される。《個人情報》と言
っても、広報委員が「先生に聞いてみました」という形で答えてもらうもの。答えてもらうアイテムは、「マイフーム」「好きな歌」
「推薦図書」「なぜ先生になったのか」など穏当なもの。そして「四字熟語」や「好きな言葉」を書かせる広報紙も多い。

 「自分の感受性くらい」  Uさんの感受性を私はうらやむ
 9月に行われたある広報クリニックでの話である。
 A小学校のPTA広報にも「教職員紹介」があり、先生の「好きな言葉」が紹介されていた。その中でB先生が、好きな言葉は
「自分の感受性くらい(茨木のり子の詩)」と答えていた。それでクリニックに参加しているA校の広報委員を含め全員に、この
詩を知っているかどうかを聞いてみた。挙手を求めたわけではないが、反応は〈ほぼゼロ〉。
 それで、私はこんなことを話した。
 「私もこの詩は好きです。皆さんに一度読んでもらいたい。なぜB先生がこの詩が好きなのかも聞いてほしかった。もちろん関
心のある人はその詩集を手にされたと思うけど。編集作業でも、一歩踏み込んで読んでもらう努力をしてください」。
 2時間半の講座が終わり、講座担当の教育委員会のUさんが終わりの挨拶をした。その話の中で「町の図書館に、先ほど武
先生が触れられた茨木のり子さんの詩集『自分の感受性くらい』は備えられています。興味のある方は帰りに寄って読んでいっ
てください」とUさんは言った。 講座が開かれている間に、Uさんはその詩集があるかどうかを確かめに図書館に行ってきたの
だ。
 閉講後Uさんと話した。中学校の国語の授業で茨木のり子の詩に出合い、彼女の詩を読むようになったとのこと。『自分の…』
の詩集は持っていて、疲れたとき、滅入ったときに読むのだと言う。「この詩が好きだ」と言った私と「波長が合ったようで嬉しか
った」と微笑む。
 採用二年目のUさんの、その感受性を私はうらやんだ。


 自分の感受性くらい    茨木のり子 

 ぱさぱさに乾いてゆく心を
 ひとのせいにはするな
 みずから水やりを怠っておいて

 気難しくなってきたのを
 友人のせいにはするな
 しなやかさを失ったのはどちらなのか

 苛立つのを
 近親のせいにはするな
 なにもかも下手だったのはわたくし

 初心消えかかるのを
 暮らしのせいにはするな
 そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

 駄目なことの一切を
 時代のせいにはするな
 わずかに光る尊厳の放棄

 自分の感受性くらい
 自分で守れ
 ばかものよ


2014年10月3日更新


 文字を書くことは考えること

 9月27・28日に行われた『秦野たばこ祭』。その祭りの催し物の一つに秦野市小学校教育研究会が開催する「学習総合展・創意工夫展」がある。
市内13の小学校の児童の作品が展示されるが、今年は「かべ新聞講座」で作られた次の新聞が展示された。
 『おすすめこうえん新聞』    西小学校2年    小川 翔太
 『夏の白馬黒部』        西小学校3年    加藤 志歩
 『パパ新聞』           広畑小学校3年  原 大和
 『USA新聞』           広畑小学校5年  石井 健太
 『水蠆新聞』             鶴巻小学校5年   高橋 平
 『美容新聞』           鶴巻小学校5年  石田 亮太
 『夏休みわくわく新聞』     大根小学校5年  小野寺裕哉
 『ヒロシマ新聞』         南小学校6年    大瀧ミチル

 この夏休み、我が家は公民館主催の「夏休みの思い出をかべ新聞に― 親子でかべ新聞をつくろう」という講座に参加した。 
 初めての「壁新聞」づくり。小5の長男はサッカー選手になりたいと思いながら、それを口に出すのは恥ずかしいらしい。「だったらその夢を新聞に
書いたら」と勧め、完成したのが『夢新聞」。小3の長女は 夏休み中に「古墳ミュージアム」で作ったまが玉をお守りのようにいつも身に着けている
ので『まが玉新聞』。頚椎損傷で車椅子生活のパパのことを、もっといっぱい知ってほしいと次男には『パパ新聞』を 作るように話した。
 新聞づくりに欠かせない他の人からいろいろ聞き出す―取材する―ことで、さまざまなことを学んだ三人、そして私。
 電子化している今の生活だが、今回のかべ新聞づくりを通して、「文字を書くことは考えること」を学んだ。親子の楽しい時間も持てたこともよかっ
た。
 二学期がはじまった朝、三人は模造紙いっぱいに書いた「夏休みの思い出」を手に、元気に玄関を飛び出していった。    原 あずさ
 

2014年9月6日更新
 
 だれにでもできる新聞作り講座 「夏休みの思い出を壁新聞に」 39紙が完成

        主催・秦野市立東公民館  協力・秦野市P連情報委員会  講師 武 勝美先生   2014/7/30・8/23
 ① 参加人数(家族) 26家族
 ② 学年別児童数
  1回目(7/30)  小1:3名 小2:8名 小3:8名 小4:6名 小5:10名 小6:4名  合計:36名
  2回目(8/23)  小1:0名 小2:3名 小3:4名 小5:5名 小6:3名  合計17名
   保護者:26名(お父さんの参加2名・未就園児も)  スタッフ(公民館員・情報委員)7名  総合計:69名
 ③ 完成新聞の数 39紙
 ④ 参加者の声
 桜井 基宏さん
  「子どもと関われる時間が持てて大変有意義な時間を過ごすことができました。新聞作りをするにあたっての話し合いが、貴重な親子
の会話のひとときになると感じています。大変良い企画でした。ありがとうございました。」
 桜井 美姫さん(小3) 「新聞のことも知れたり、ブラキオザウルスの方もむずかしそうでした。楽しかったです。」

角谷香代子さん
 「小学三年生の息子が新聞についての知識や作り方にふれるのは初めてで、初めは緊張していましたが、和やかな雰囲気とわかりやす
い説明で意欲がわいてきました。テーマは、旅行先でのこと。と、今のところは考えているようですが、皆さんの作品を拝見し、新たな刺激を
受けましたので、また親子で話し合いたいと思います。折り紙もとても楽しく作ることができました。ありがとうございます。」
 角谷 洸生さん(小3)
 「恐竜のおりがみを折るのをやって、難しかったけど楽しかったです。新聞の話も聞きました。ほかの人の作品が参考になりました。」

赤柴 紘美さん
 「4回目の新聞作り。毎年、3人分、ギリギリで書きあげているので今年も大汗カキカキ頑張ります。」
 赤柴 勇さん(小6) 「小学校最後の夏だから今までよりいい新聞を作りたいと思います。」
 赤柴美鈴さん(小2) 「かべ新聞作り、がんばります。」
 赤柴 誠さん(小4) 「キョウリュウをつくるのがたいへんだった。」

 後藤 美佳さん 
 「今回、夏休みの宿題にと思い、軽い気持ちでやってきましたが、国語力のない二人の息子にこんな大きな紙で新聞が出来上がるのかがと
ても不安な気持ちでいっぱいです。が、夏休みの間、二人の息子と一緒になって新聞作りを楽しめるように、親も頑張りたいと思います。」
 後藤 遼大さん(小4)
 「今回初めての参加で大きな紙に何を書くのか、今からちょっと心配ですが、がんばって書いてみたいと思います。」
 後藤 大翔さん(小1) 「大きな紙でできそうにないです。キョウリュウの折り紙が楽しかった。」
                         
                                                  (このまとめは市P連情報委員会が作成)


2014年8月9日更新


 第57回全国新聞教育研究大会 千葉県市川大会        2014年8月1・2日
  秦野西小P「西のいぶき」は“パーフェクト”

 千葉・市川市で開かれた全国新聞教育研究大会。外は猛暑。だがそれに負けない熱気が研究会場に満ちていた。
  私はPTA広報分科会に出席。6つのP広報委員会の活動報告に耳を傾けた。どの提案からも広報づくりへの意欲が伝わってきた。
このようにお母さんたちが前向きに広報紙作りに取り組むことが出来るのは先生たちのP広報に対する姿勢如何(理解と協力)だと
思った。
 秦野西小Pの映像(パワーポイントとDVD)を使っての提案は、広報づくりで磨いた企画・編集の力が見事に発揮されていた。この提
案について吉成勝好さん(日本新聞協会)次のようなエールを西小に送っている。「西小の発表は圧巻。今までの広報委員さん方も素
晴らしかったですが、よき伝統を引き継ぎながら、さらに新たな地平を切り開いているなと感心しました。勉強になりました」。私も次の
ような動きを知り“パーフェクト”と評価したい。
 ① 持ち時間が20分なので、一年間の活動を18分の映像にまとめた。
 ② 映像を作る作業に取り掛かったのは大会に参加が決まってから(5月20日)。全委員で作成。
 ③ 映像を補う資料集はA判16ページ。
 ④ 大会での発表する映像の試写会には校長先生、PTA会長さんも出席。
 ⑤この日西小の参加者5人は午前5時半に秦野を出発。もしやと思いビデオデッキを持参。
 ⑥大会参加の感想文(下の文)を6日までに全員が書いた。

 市川大会に参加して
 広報づくりは仲間づくり」 「子育てご一緒に」にです
 千葉、東京、神奈川から計6校の発表。神奈川県は私たち西小学校のみで、他の学校は、現役の委員さんがほとんどでした。
 各校、広報委員としての悩みは同じで、広報委員のなり手の問題、予算や写真のことなどでした。驚いたこととして、他校は委員の数が
多いこと。30数名で行っているところもありました。委員長さんの取り纏めの負担も多いだろうと感じました。
  「広報づくりは仲間づくり」「子育てご一緒に」。私たち西小学校の発表では、このことを十分にアピールできたのではないかと思ってい
ます。このような機会をいただきありがとうございました。  田中小百合

 大変勉強になりました。他の学校の発表も興味深く、参考になり来年度広報に関わることになったら活かしたいと思いました。 林 史枝

 会場になった大和田小学校は駅からも近く行きやすかったです。
 私たちの発表は、時間通りそつなく、私たちがやってきた広報を伝えられたと思います。 発表校が6校と多く、講師の先生のお話や質問
タイムなどの時間が少なかったので勿体ないなと思いました。
 他校の発表ですが、委員長になった経緯などよりは、お互い、自分の学校に持ち帰ることができる内容の発表の方が、お互いに発展、勉
強になると思いました。また、資料配りなどをしていて、開始時間が遅れもったいなかったと思います。短い時間での発表で時間割の配分を
乱さないためにも開始時間は守ってほしいと思いました。   井添三香子

 実践発表に参加させていただき、他県の活動内容や広報委員になってみないとわからない悩み、楽しみなど色々な話を聞くことができとて
も参考になり勉強になりました。こういう機会に恵まれたのも、校長先生を始め、ご指導いただいた武先生、本部役員、広報委員のみんなの
お蔭です。とても充実した一日をありがとうございました。  羽生 美保

 このメンバーだから「発表してみたい 発表することができる!」と思いました
 広報から離れて約4か月。広報委員を終わった時は、1年間無事発行できた達成感や安堵感、喜びが先で、1年間の活動がどうだったのか
と客観的に振り返ることはできませんでしたが、今回発表させていただく場を与えていただいたことで、1年の活動を改めて振り返ることができ、
良かったと思います。
 発表までは、1からの資料作りなので、決して楽ではありませんでしたが、そこは広報作りと一緒で、みんなで助け合いながら、楽しく準備す
ることができました。
 他校の発表は、私たちと共通する悩みが多かったように思います。ただ、発表するのであれば、発表内容をきちんと整理し、聞く側にわかり
やすくする、発表時間を守るなどの基本的なことをした方が、もっと活発な大会になるのではないかと思いました。また発表校が多かったので、
終了時間のこともあり、ざっくばらんに質問する時間などがなかったことは残念でした。(私たちは最後の発表だったため、もしかしたら、「発表
時間がないかも…」と内心、ハラハラしていました。)
 今回、発表の準備で久しぶりにみんなと活動しながら、私は「今回の広報のメンバーだから、発表してみたい。また発表することができる!」
と感じたのだと改めて思いました。広報のメンバーに支えてもらい、とても貴重な経験をさせていただきました。ご協力いただいた皆さん本当に
ありがとうございました。  前原 景子

<当日参加できなかった人>
 私は、練習というよりも本番をみているように気がしていました。すごくよかったです。完成しているなと思いました。それでも写真の画像のチェ
ックや見にくい所など、みんなからのダメ出しに最後まで手抜きがないなぁと思いました。「まっ、いいっか」はなく、作り直すところが、このメンバ
ーなんだなと感じました。  飯田 えり

 昨年の今頃は何もわからず夢中でやっていた広報生活でしたが、こうやって1年を振り返るとたくさんの人の協力があって、素晴らしいものが
生まれたのだと改めて感じることができました。  飯塚 貴子  


2014年7月1日更新

 下ばかり向いてないで

 晩酌のビールを買いにいつもの酒屋さんに行った。商いをしているご夫婦とは世間話をよくするが、この日のお二人の言葉はとりわけ弾んでい
た。 「もう直ぐ娘が修学旅行から帰ってくるんです」と愛好を崩すご主人。末っ子で女の子だから、可愛くて、心配で、仕方がないのだ。
 娘さんの通う中学校の修学旅行先は長野。そこでラフティング、パラグライダー、トレッキング、雪合戦など楽しい活動をする。宿泊はクラス単位
でペンション。そんな今年の修学旅行のことをご夫妻で聞かせてくれた。奥さんが話を続け、「昨夜の宿は乗鞍のペンション。そこでのことを次々
にメールしてくるんです。ペンションのオーナーさんとの交流タイムのこと、食事のメニュー、担任の先生の意味ありげな言葉など。頻繁にメールし
てくるので、私『下ばかり向いていないで上を向きなさい。せっかく乗鞍に泊まるのだから夜空を見上げなさい。星がたくさん見えるでしょう』って返
しました」。 ご主人か話を引き継いで、「そうしたら、『ペンションの外には出られない。熊が出るんだって』と娘が言ってきました」。
 私には長野から帰ってきた娘さんを囲んでのこの家庭での会話が想像できる。それにしても、お母さんの「下ばかり向いてないで星を見なさい」
はイイ言葉だ。


2014年6月1日更新
 
 聞く力、表現する力が発揮された新聞『仲間』 
 4月25日に東中学校で新聞づくりの指導をした。その折「きょう勉強したことを活かし、この連休中に新聞を作ってほしい」と、手書き新聞の用紙を
渡した。そして「締め切りは5月9日で」とも言った。5月7日の夕方、3人の男子中学生がその宿題を出しに我が家に来た。1年生とのこと。題字は
『仲間』。紙面は私が話した「新聞づくりは仲間づくり」いうことで埋められている。私は“手放し”でほめた。聞く力、そしてそれを表現する力がこの新
聞で発揮されていたからだ。



エコー教育広報相談室の活動
 2014年4月1日から5月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをしています。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。

 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                  6 件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)          26 件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)        件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など         件
 ③その他の活動        ・新聞・広報づくり講座講師           12 回   
            ・子育てなどの講演             回
            ・「ふるさと」講座・案内        
5
            ・全国新聞教育研究協議会関係        
  回 
             ・当相談室来訪者      
     51組 (105人)

 

2014年5月1日更新

 あるPTA総会での発言    大変だからと言って簡単に行事を減らしていいのか

 2014年2月に発行されたR小学校のPTA広報126号は、臨時総会の様子を報告する中で「PTAは何のために在るのか」を会員に問いかけたのでした。
そのことを紙面の記事を通して紹介してみます。

この号の「編集後記」に書かれたこと
  「昨年12月、イレギュラーなPTA臨時総会が開催されました。みなさんの関心は非常に高かったけれど、急なことで出席できなかった方が多かったので『記録し、しっかりと伝えなければいけない』との使命感を感じました。」
②  その臨時総会の記事はおおよそ2ページ。トップ見出しは「学級委員会は存続決定!」 「白熱の意見交換」。
③  記事のリードは
  「PTA総会とは、本部の提案がそのまま通るものであり意見交換など皆無のシャンシャン総会だと思っていました。しかし、今回このように白熱した意見交換が行われました。R小学校のPTA総会は単なる形式だけのお飾りではありません! 前回出席できなかった皆さん、次の総会にはぜひ参加してPTA活動を盛り上げていきましょう」
④ その「白熱した意見交換」にいくつかの意見
  「大変だからといって簡単に行事を減らしてよいのか?」 「委員会の中で家庭の窓口である学級委員が一番身近な存在。行事の話ばかり出ているが一番重要な委員会ではないか」 「クラス役員には相談しやすい。いると助かる」
⑤  「100分におよぶ熱い討議がおこなわれ(記事の一部より)」、本部提案の「学年学級委員会の廃止とふれあいバザー委員会の新設について」の案件は否決された。
⑥ 提案者・会長の見解 「本部・委員会の仕事の煩雑さを解消したいという考え方に一石を投じることはできました。この続きは来年度の役員さんにがんばってもらいたい」 
➆ 「まとめ」は出席された校長先生の言葉
  「長いこと在職していますが、PTA総会でこのように熱い討論が交わされたことは今までありません。皆さんがPTAのことをこんなにも一生懸命に考えている、素晴らしいことです。R小学校のPTAはこれからますますより良くなっていくでしょう。」
 

2014年4月3日更新

 12校で三年生 校庭使えぬまま卒業  気仙沼・本吉地方 
 今春、学び舎(や)を巣立つ中学生は震災直後の23年4月に入学した。ほとんどの中学校の校庭に仮設住宅が建つ気仙沼・本吉地方では、3年生がグラウンドを自由に使うことなく卒業を迎えることになった。同地方の中学校16校のうち、敷地内に仮設住宅が建つのは14校。その中の12校は校庭の大半が仮設住宅に充てられている。「卒業までには校庭が本来の姿に戻ると期待していました。仕方ないとは思うが、校舎を出てすぐに部活動ができる学校がうらやましかった」とはある中学の卒業生。野球部の練習のため、放課後に1キロほど離れた小学校の校庭に移動する日々を送った。 (『三陸新報』2014年3月6日の「復興へ」の記事の一部)


 広報づくり「喜怒哀楽」  広報委員のわが子の場合は

M:発行する前までの、キリキリした私の姿を見ると、子どもたちは「もう広報委員はやらないで」と言う。でも、発行後の姿をみると一緒になって喜んでくれる。
N:今まで配布される広報紙になんか興味のなかった子供が、先生から配布されるたびに広報紙に興味を持ってくれるようになった。
A:仕事でなかなか委員会に参加できない私に校正のための広報紙が届く。その紙面に空白の部分があると「ここはママがやるべきじゃないの?」と言っていた。子供から背中を押された。
F:学校行事にあまり参加することもなかったが、広報委員のついでにと参加した学校行事。子どもが私の参加を喜んでくれていることを知った。親子とも、今まで先生に聞けなかったことを進んで聞きにいけることができるように成長?した。
I:子どもたちが「今日は来るの?」と楽しみにしていてくれていた。いい意味で親離れ・子離れができたような気がした。
H:4月に広報委員になったことを子どもたちに話したら喜んでいた。委員長が配慮してくれる子供たちへのイベントを楽しみにしていたようだ。
T:子供が昼寝を許してくれた。更にバタバタとしている私を見て、家事の手伝いを進んで行っくれるようになった。子どもの成長がとてもよく感じられた。担任の先生の学級通信に広報委員のたちの姿を取り上げてくれていた。がんばっている姿を先生にも子どもたちにも見せることができたと思う。


エコー教育広報相談室の活動 2013年4月1日から2014年3月31日まで 
 エコー教育広報相談室は、学校新聞、学級新聞、PTA広報作りの『何でも相談室』です。企画、編集などのアドバイスとお手伝いをしています。編集上でのトラブルなどの解決策も一緒に考えています。

 ①新聞・広報づくりの相談   ・学校・学級新聞                51 件
                    ・PTA広報(クリニックを含む)         226 件 
                    ・その他の広報・新聞(家族新聞など)     4 件 
 ②教育相談(一人で抱え込まないで、一人で悩まないで)
                   ・進路変更・不登校・学級経営など       件
 ③その他の活動        ・新聞・広報づくり講座講師          45 回   
            ・子育てなどの講演             回
            ・「ふるさと」講座・案内        
28
            ・全国新聞教育研究協議会関係        
5 回 
             ・当相談室来訪者      
      285組 (728人)

                  ・東中新聞1000号・1001号の指導       

2014年3月1日更新


三陸新報「萬有流転」 2014年2月5日

 東中新聞が取り上げた新聞記事(:気仙沼の中学生の作文)

 ここから私は
                                                        大島中2年  小松 希衣

 「震災で辛かったことを、プラスにとらえ、前向きに生きましょう」「辛いのは、あなただけではありません。しかし、みんながあなたを応援しています。」
 みなさん、本当にそう思っていますか。気仙沼に住む私たちは辛かったことをプラスに考えられるようになったと思っていますか。少なくとも私は違います。
震災から二年半、たったそれだけの時間で、プラスに考えられるほど、私は強くありません。それでも多くの人は、「強く生きろ」「復興支援をしてくがさる方々
に応えなさい。」「私たちの経験を残していきましょう。」 と言います。命令をされているような気分になり、正直なところ、そのような言葉を聞くだけで、心が掻
きむしられるような苦痛を感じます。
 震度7という大きな揺れ、体育館にいた私は、体育館が崩れてしまうのではないかと思い、恐怖を感じました。あの時ほど、両親のことを考えた時間はあり
ません。深夜になり、家族が避難所にきました。その時の安心感は、今でも忘れられません。安心したのもつかの闇、そこから、過酷な状況が待っていました。
毛布一枚で二、三人が身を寄せ合い寒さをしのがなければならない。足を伸ばすスペースはなく、一睡も出来ない。
 私の心の最も大きな傷となったのは、母から聞いた言葉です。「家は津波で流されてしまった」。夜が明け、自宅があった場所に行ってみました。何もない。
思い出の品々は何もなくなっていました。小学校の時にもらった様々な賞状、大切な友達からもらった私の宝物、私の成長を記録していたアルバム、何も残
っていません。かろうじて、一、二枚の写真を見つけました。それだけでとてもうれしいと感じました。その時の私は悲しいという感情はありませんでした。あま
りにも非現実的すぎて、理解することができなかったのだと思います。
 私は、昨年支援で、ハワイに行きました。印象に残っているのは、ワイキキのビーチです。世界卜ップクラスの美しい海。自然を大切にし、自然と寄り添うよ
うな場所でした。多くの友達もできました。
 「海、私が住む大島の悔もこんな風にきれいだったなあ。でも、今は……。」
 「ハワイの海はとてもきれいで、自慢の海です。」
 そこで知り合った現地の人の言葉が耳に入ってきました。そして、こう続けました。
 「あなたの住心町の海と、この海はつながっています。世界中の海はつながっています。海を怖がらないでください。」
 ふいの言葉にもかかわらず、涙が出ました。悲しいという感情が戻ってきました。
 帰国して、自分の住む大島の海を改めて見ました。島内にはがれきがたくさん残っていましたが、海は穏やかな波をよせていました。この海は、美しかった
ハワイの海とつながっている。心からそう思える自分がそこにいました。私の友達も家を流され「白分の家に帰りたい。元の家に戻りたい」と私に言いました。
同じ感情をもった友達も気仙沼「にはたくさんいました。
 震災をプラスに考えることはまだできません。しかし、悲しいという感情とともに、震災の記憶とこの先一生付き合っていく覚悟はできてきたと思います。そし
て、震災の体鹸をプラスに考えることができるようになる日そう遠い日ではないかもしれません。



2014年2月1日更新

 一般紙の記事の切り抜きを『東中新聞』の裏面に

 昨秋、1000号に到達した『東中新聞』(秦野市立東中学校)が、1002号から新しい企画をスタートさせた。一般紙の記事を紙面(裏面)で紹介するという企画である。
 IT時代の今、商業紙(紙の新聞)は]難しい時を迎えている。教室で新聞を使うNIEという教育実践も、「家で読んでいる新聞を持ってきなさい」と教師が言えない現実にぶつかっている。新聞を購読している生徒の家庭は確実に減っている。今の中学生にとって新聞の存在はあまり意識の中にないと思う。
 『東中新聞』は、1000号の中での私の発言を「先輩からの提案」と受けとめ、一般紙の記事を読者に提供することになった。その記事が、生徒にどの程度読まれているのか、そして期待されているのかは分からない。だが、少なくとも『東中新聞』のその号を担当する生徒は、掲載する記事を選ぶために一般紙を読むことはしてくれる。
 昨年12月24日の『東中新聞』1003号は二学期最終号、一年の終わりでもあるので、私からの提供ということで『三陸新報』の記事を使ってもらった。それは気仙沼の中学生の作文である。
 この『三陸新報』の切り抜きの1003号の次・1004号(2014/1/17発行)は「阪神大震災19年」の記事が取り上げられた。「東日本大震災」の記事を読んだ広報委員は「阪神大震災」に思いを馳せたのだった。
 今年も全国新聞コンクールのPTA新聞部門の審査に加わったが、東日本大震災について触れている――ゴツンとぶつかるような――企画や記事には出会えなかった。
 秦野に住む私にできることは「東北を忘れないでいる」ことくらいだ。気仙沼の『三陸新報』を購読して二年が過ぎた。


2014年1月1日更新
 「知る権利」と学校新聞 
 「私は政府があって新聞が無い国より政府が無くても新聞のある国に住みたい」  トーマス・ジェファーソン
  今こそ学校に新聞は必要。              
 知らない、知らせられない、知ろうとしない怖さ
 ・子どもの声、保護者の願い、教師の想いが学校内に響き合うとき、子どもの人権は保障される。
 ・太平洋戦争の反省にたった戦後の教育の特長の一つは、学校に自治活動(生徒会活動)を根付かせることだった。
 ・その自治活動は、生徒会・弁論・新聞活動が基盤となっていた。
 ・学校が受験戦争に巻き込まれると、これら三つの活動は教師にも親にも‘‘鬼っ子”的存在と見られるようになった。
 ・子どもたちの自治活動の再興は今の学校に必要・欠かせないもの。新聞づくりによって人権への意識を高めたい。
 ・第一回の新聞週間(1948年)の標語「あなたは自由を守れ 新聞はあなたを守る」。この理念・言葉こそ今の学校に活かされなければならない。
   
 「新聞づくりは仲間づくり」 「声が大きければこだまも大きい」  
  昭和24年7月の文部省編「中学校・高等学校の生徒指導」の特別教育活動の中に、学校新聞が取り上げられており、次のような学校新聞のもつ意義が強調されている。学校新聞は新制中学校、新制高等学校の生徒に多くの価値ある教育的経験を与え得る。これは、学校出版物の最も重要なものである。それは、次の目的に役立ち、または役立ち得る。
 ① 全生徒が学校活動に遅れないようにし、それによって学校計画の統一を保つのに役立つ。
 ② 生徒に思想、意見及び観察発表の機会を与える。これが地域社会の人々に流通し読まれたら、学校と地域社会との関係を密にする。
 ③ 学校は、これを利用して、方針の変化、変更を考慮している事柄、公衆の援助を受ける事柄を周知させることができる。
 ④ 学校の校紀、校風を改善し、生徒に学校の誇りを増させるようにする。
 ⑤ 建設的と思われる諸活動を称賛して、生徒の建設的な活動を進歩させる。
 ⑥ 論説的な善行を称賛し、生徒行動の標準(たとえばスポーツマンシップ)を改善発達させることを援ける。
 ⑦ 個人または学校の信用を高めるような立派な仕事を一般に認識させる。
 ⑧ 学校新聞には高い標準を設ける。正確な真実のみを書き、ひぼうを避け、公共の福祉(生徒の福祉)に奉仕し、建設的な編集方針を取ることによって、すべての生徒によい新聞は何を期待すべきかを教える。
 ⑨ 上述の新開は社会科や、その他の授業に用いられ、正確に、そしてわかりやすい新聞の読み方を訓練されよう。
 ⑩ 生徒たちによって書かれた創作の発表する機会を与える。


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